「ノコギリヤシは男性ホルモンに影響するらしいが、テストステロンが減ってしまうのだろうか」「育毛効果が期待できると聞いたが、どのような仕組みなのだろうか」といった疑問をお持ちではありませんか。
ノコギリヤシは、特に薄毛や抜け毛に悩む男性の間で注目を集めている成分です。
この記事ではノコギリヤシが男性ホルモン、特にテストステロンやDHT(ジヒドロテストステロン)とどのように関わるのか、そしてAGA(男性型脱毛症)に対する育毛効果の根拠について、医学的な観点から詳しく解説します。
サプリメントの限界と専門的な治療の重要性にも触れていきます。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
ノコギリヤシとはどのような植物か
育毛や男性の健康維持に関心がある方なら、一度は「ノコギリヤシ」の名前を聞いたことがあるかもしれません。
まずはこの成分がどのようなもので、どのような働きをするのか、基本的な情報から見ていきましょう。
北米南東部が原産のヤシ科のハーブ
ノコギリヤシ(学名: Serenoa repens)は、北米南東部の沿岸地域に自生するヤシ科の低木です。ギザギザとしたノコギリのような形状の葉を持つことから、その名が付けられました。
この植物の果実から抽出されるエキスが、健康維持を目的としたサプリメントなどに利用されています。
伝統的な使用法と近年の研究
古くはアメリカの先住民が男性の泌尿器系の不調や滋養強壮のために、ノコギリヤシの果実を食用や薬用として利用してきました。
近年ではその働きに関する科学的な研究が進み、特に前立腺肥大症の初期症状の緩和や、AGA(男性型脱毛症)への効果が注目されています。
主な含有成分とその特徴
ノコギリヤシエキスには複数の有益な成分が含まれています。これらの成分が複合的に作用することで、特有の健康効果を発揮すると考えられています。
特に重要なのが脂肪酸とフィトステロールです。
ノコギリヤシの主要な含有成分
成分カテゴリー | 代表的な成分 | 期待される働き |
---|---|---|
脂肪酸 | オレイン酸、ラウリン酸 | 5αリダクターゼの働きを阻害 |
フィトステロール | β-シトステロール | 抗炎症作用、ホルモンバランス調整 |
その他 | フラボノイド、多糖類 | 抗酸化作用 |
テストステロンと男性の健康
ノコギリヤシの働きを理解する上で男性ホルモン、特にテストステロンについての知識が重要です。
テストステロンが男性の心身にどのような影響を与えているのかを解説します。
主要な男性ホルモンの役割
テストステロンは主に精巣で作られる最も代表的な男性ホルモンです。
男性らしい身体づくりを担うだけでなく、精神的な健康や活力にも深く関わっています。
- 筋肉や骨格の発達
- 体毛の成長
- 性機能の維持
- 意欲や判断力の向上
年齢によるテストステロンの変化
男性のテストステロン値は20代をピークに加齢とともに緩やかに減少していくのが一般的です。
この減少は身体的な変化だけでなく、気力の低下や疲労感など、さまざまな不調の原因となることがあります。
年代別テストステロンの一般的な傾向
年代 | テストステロンのレベル | 見られる変化の例 |
---|---|---|
20代 | ピーク | 心身ともに活力に満ちる |
30代~40代 | 緩やかに減少し始める | 疲労感、筋力の低下を感じ始める |
50代以降 | さらに減少 | 更年期症状、性機能の低下など |
テストステロンと心身への影響
テストステロンは単に「男性らしさ」の象徴というだけではありません。生命活動を維持するための重要なホルモンであり、そのバランスが崩れると心身に多岐にわたる影響が出ます。
例えばテストステロンが適正に保たれることは生活習慣病のリスクを低減させ、健全な精神状態を維持するためにも大切です。
【本題】ノコギリヤシはテストステロンを減らす?増やす?
ここが最も気になる点だと思います。「ノコギリヤシを摂ると、男性ホルモンであるテストステロンが減ってしまうのではないか」という懸念です。
結論から言うと、ノコギリヤシはテストステロンそのものを直接減少させるわけではありません。その働きを正しく理解しましょう。
5αリダクターゼへの作用
ノコギリヤシの最も重要な働きは「5αリダクターゼ」という酵素の働きを阻害することにあります。
5αリダクターゼは体内に存在する酵素で、テストステロンをより強力な男性ホルモンであるDHT(ジヒドロテストステロン)に変換する役割を担っています。
DHT(ジヒドロテストステロン)への変換を抑制
ノコギリヤシエキスに含まれる脂肪酸などはこの5αリダクターゼの働きをブロックします。その結果、テストステロンからDHTが生成される量が減少します。
つまり、ノコギリヤシはテストステロンを減らすのではなく、テストステロンが「悪玉男性ホルモン」とも呼ばれるDHTに変わるのを防ぐ働きをするのです。
テストステロンとDHTの主な違い
項目 | テストステロン | DHT(ジヒドロテストステロン) |
---|---|---|
主な役割 | 筋肉・骨格の形成、性機能維持 | 胎児期の男性器形成、思春期の体毛増加 |
AGAへの関与 | 直接的な原因ではない | 脱毛を引き起こす主な原因物質 |
生成過程 | 精巣などで直接生成 | テストステロンが5αリダクターゼにより変換 |
テストステロン値への直接的な影響は限定的
DHTへの変換が抑制されることで相対的にテストステロンの量が体内に維持されやすくなる、という見方もできます。
複数の研究報告を総合的に見ても、ノコギリヤシの摂取が血中のテストステロン値を著しく減少させたり、逆に異常に増加させたりするという結論には至っていません。
その影響は限定的であり、ホルモンバランスを大きく崩す心配は少ないと考えられています。
なぜノコギリヤシがAGA(男性型脱毛症)に良いとされるのか
ノコギリヤシがDHTの生成を抑制する働きはAGAの進行を食い止めたいと考える方にとって、なぜ朗報なのでしょうか。
その理由をAGAの発症の仕組みと絡めて解説します。
AGAの主な原因はDHT
AGAによる薄毛は男性ホルモンそのものが原因なのではなく、DHTが毛根の受容体(アンドロゲンレセプター)と結合することが引き金となります。
DHTが受容体と結合すると脱毛を促すシグナルが発信され、髪の毛の成長期が短縮されます。
このことにより髪の毛が太く長く成長する前に抜け落ちてしまい、徐々に薄毛が進行していくのです。
ノコギリヤシによるDHT抑制の期待
ノコギリヤシが5αリダクターゼの働きを阻害し、DHTの生成を抑えることはAGAの根本原因にアプローチすることを意味します。
DHTが少なくなれば毛根への攻撃も減少し、ヘアサイクルの乱れが是正されて、抜け毛の減少や髪の質の改善が期待できる、というわけです。
臨床研究から見る育毛効果
ノコギリヤシの育毛効果についてはいくつかの臨床研究が行われています。
例えばAGAの男性を対象にした研究ではノコギリヤシを摂取したグループで、毛髪の量や質の改善が見られたという報告があります。
ただし、その効果は医薬品と比較すると穏やかであり、全ての人に同様の効果が現れるわけではない点も指摘されています。
フィナステリドとの作用点の比較
AGAの治療薬として知られる「フィナステリド」もノコギリヤシと同様に5αリダクターゼを阻害することでDHTの生成を抑えます。
作用する場所は似ていますが、医薬品であるフィナステリドの方が、より強力かつ選択的に作用します。
ノコギリヤシは食品成分であり、その作用はフィナステリドに比べてマイルドです。
ノコギリヤシとフィナステリドの比較
項目 | ノコギリヤシ | フィナステリド |
---|---|---|
分類 | 食品・サプリメント | 医薬品(医師の処方が必要) |
作用の強さ | 穏やか | 強力 |
入手方法 | ドラッグストア、通販など | 医療機関での処方 |
ノコギリヤシの効果的な摂取方法と注意点
ノコギリヤシの効果を期待して摂取を始める前に、適切な方法や潜在的なリスクについて知っておくことが大切です。
安全に利用するためのポイントをまとめました。
サプリメントでの摂取が一般的
ノコギリヤシは果実そのものを食べるのではなく、有効成分を抽出したサプリメント(栄養補助食品)として摂取するのが一般的です。
製品によってエキスの濃度や含有量が異なるため、成分表示を確認して選ぶことが重要です。
推奨される摂取量の目安
研究で用いられることが多いのはノコギリヤシエキスとして1日に320mg程度です。ただし、これはあくまで目安であり、製品によって推奨量が異なります。
過剰摂取は副作用のリスクを高める可能性があるため、各製品に記載されている摂取量を守るようにしてください。
副作用の可能性と報告例
ノコギリヤシは天然由来の成分であり、重篤な副作用の報告は稀ですが、可能性がゼロではありません。
体質によっては以下のような症状が現れることがあります。
報告されている軽微な副作用
系統 | 症状の例 |
---|---|
消化器系 | 胃の不快感、吐き気、下痢、便秘 |
その他 | 頭痛、めまい |
これらの症状が現れた場合はすぐに摂取を中止し、必要であれば医師や薬剤師に相談してください。
併用を避けるべき医薬品
ノコギリヤシは血液を固まりにくくする作用を持つ可能性があるため、抗凝固薬(ワーファリンなど)や抗血小板薬(アスピリンなど)を服用中の方は、併用により出血のリスクが高まる恐れがあります。
また、ホルモン療法を受けている方もホルモンバランスに影響を与える可能性があるため、摂取前に必ず主治医に相談することが必要です。
ノコギリヤシだけで薄毛は改善するのか?
「手軽に始められるサプリで何とか薄毛を改善したい」そのお気持ちは非常によく分かります。
しかし専門家の立場からお伝えしたいのは、ノコギリヤシだけでAGAを完全に克服するのは極めて難しい、という現実です。
なぜサプリメントだけでは不十分なのか、その理由を正しく理解することが遠回りをしないための第一歩です。
あくまで「栄養補助食品」としての位置づけ
最も重要な点はノコギリヤシは医薬品ではなく、あくまで「栄養補助食品」であるということです。
医薬品は、病気の診断、治療、予防を目的とし、有効性や安全性が国によって厳しく審査されています。
一方、栄養補助食品(サプリメント)は食生活で不足しがちな栄養素を補うことを目的としており、病気の治療効果を保証するものではありません。
サプリメントとAGA治療薬の根本的な違い
項目 | サプリメント(ノコギリヤシ) | AGA治療薬(フィナステリド等) |
---|---|---|
目的 | 栄養補給、健康維持 | AGAの治療、進行抑制 |
効果の保証 | 保証されない | 国が有効性を承認 |
法的規制 | 食品衛生法 | 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法) |
効果の個人差が大きい理由
ノコギリヤシの効果に個人差が大きいのは、AGAの原因がDHTだけではないケースや進行度合いが人それぞれ異なるためです。
また、サプリメントは製品ごとに品質が均一でない場合もあります。
初期のAGAで生活習慣の改善と併用することで進行が緩やかになる可能性はありますが、すでに進行してしまった薄毛をサプリメントだけで元に戻すことは期待できません。
クリニックでのAGA治療との違い
AGA治療専門クリニックではまず医師が診察を行い、あなたの薄毛が本当にAGAなのか、進行度はどのくらいか、他の脱毛症の可能性はないかを正確に診断します。
その上で医学的根拠に基づいた治療計画を立てます。これにはフィナステリドやデュタステリドといった内服薬、ミノキシジル外用薬など、有効性が認められた医薬品を用いた治療が含まれます。
- 正確な診断に基づいた治療
- 医学的根拠のある治療薬の使用
- 治療経過の専門的なフォローアップ
自己判断に潜むリスクと専門医への相談
「とりあえずサプリで様子を見よう」という自己判断は貴重な治療の機会を逃してしまう可能性があります。
AGAは進行性の脱毛症であり、放置すれば薄毛は着実に進んでいきます。手遅れになる前に一度専門のクリニックで相談することが、結果的に時間と費用の節約につながります。
あなたの頭皮の状態を正しく把握し、あなたに合った最適な選択肢を知ることが重要です。
ノコギリヤシと併用が考えられる他の育毛成分
ノコギリヤシを補助的に使用する場合、他の栄養素と組み合わせることで、より良い頭皮環境を目指すことができます。
ここでは代表的な成分を紹介します。
亜鉛の役割と相乗効果
亜鉛は髪の主成分であるケラチンの合成に不可欠なミネラルです。また、亜鉛にも5αリダクターゼの働きを抑制する作用があることが知られています。
このため、ノコギリヤシと亜鉛を併せて摂取することはDHTの抑制と髪の材料補給の両面から、育毛に対して良い影響を与える可能性があります。
ミノキシジル外用薬との組み合わせ
ミノキシジルは血管を拡張して毛母細胞への血流を増やし、髪の成長を促す効果が認められている医薬品(外用薬)です。
ノコギリヤシがDHTを抑える「守り」の役割なら、ミノキシジルは髪の成長を促す「攻め」の役割と言えます。
作用する仕組みが異なるため、医師の指導のもとで併用を検討することもあります。
ビタミン・ミネラルの重要性
健康な髪を育てるには特定の成分だけでなく、バランスの取れた栄養が土台となります。特にビタミンB群、ビタミンE、鉄分などは頭皮の血行促進や細胞の活性化に関わる重要な栄養素です。
日々の食事を基本としながら、必要に応じてサプリメントで補うことも一つの方法です。
髪の健康に関わる代表的な栄養素
栄養素 | 主な働き | 多く含む食品 |
---|---|---|
亜鉛 | ケラチン合成、DHT抑制 | 牡蠣、レバー、牛肉 |
ビタミンB群 | 代謝促進、頭皮環境の正常化 | 豚肉、うなぎ、納豆 |
ビタミンE | 血行促進、抗酸化作用 | アーモンド、かぼちゃ、アボカド |
よくある質問
最後に、ノコギリヤシとAGA治療に関して患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- 効果はいつから実感できますか?
-
ノコギリヤシは食品成分であり、その効果は穏やかです。
ヘアサイクル(髪が生え変わる周期)を考慮すると、何らかの変化を感じるまでには少なくとも3ヶ月から6ヶ月程度の継続的な摂取が必要と考えられます。
すぐに効果が現れるものではないことを理解しておくことが大切です。
- 女性が使用しても問題ありませんか?
-
ノコギリヤシはホルモン系に作用する可能性があるため、女性、特に妊娠中や授乳中の方、妊娠の可能性がある方の使用は推奨されません。
女性の薄毛(FAGA)は男性とは原因が異なる場合が多いため、自己判断での使用は避け、専門医に相談してください。
- 医薬品のAGA治療薬との違いは何ですか?
-
最も大きな違いは効果と安全性が国によって保証されているかどうかです。
医薬品のAGA治療薬は、多くの臨床試験を経て有効性が証明されており、医師の管理のもとで使用します。
一方でノコギリヤシは栄養補助食品であり、治療効果を保証するものではありません。
作用の強さも医薬品の方が格段に強力です。
ノコギリヤシとAGA治療薬の要点整理
質問 ノコギリヤシ(サプリメント) AGA治療薬(医薬品) 実感までの期間 3~6ヶ月以上が目安、個人差大 3~6ヶ月で効果が見え始めることが多い 女性の使用 非推奨 禁忌(特にフィナステリド等) 効果の確実性 保証されない(補助的) 医学的に有効性が証明されている - どのくらいの期間、摂取を続けるべきですか?
-
栄養補助食品として摂取を続ける場合、明確な終了時期はありません。
効果を感じる間は継続することが多いですが、AGAは進行性であるため、サプリメントだけで満足のいく状態を維持するのは困難な場合がほとんどです。
薄毛の進行が気になるようであれば摂取期間に関わらず、速やかに専門のクリニックを受診することをお勧めします。
以上
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