「テストステロン」という言葉を聞くと、多くの人が「男性らしさ」や「筋肉」を思い浮かべるでしょう。
この男性ホルモンは私たちの身体と心に非常に重要な役割を果たしています。しかし、その具体的な働きや、AGA(男性型脱毛症)との関係については誤解されていることも少なくありません。
この記事ではテストステロンがどこでどのように作られ、心身にどのような影響を与えるのか、そして薄毛との深い関係性について専門的な視点から分かりやすく解説します。
正しい知識を得て、ご自身の健康管理に役立ててください。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
テストステロンとは何か?男性ホルモンの代表格
テストステロンはアンドロゲン(男性ホルモン)の一種であり、その中で最も強力で代表的なホルモンです。
男性の心身の健康を維持するために、生涯にわたって重要な役割を担います。
テストステロンの生成場所と分泌
男性の場合、テストステロンの約95%は精巣(睾丸)で作られます。残りの約5%は副腎で作られます。
脳の視床下部からの指令が下垂体に伝わり、そこから出されるホルモンが精巣を刺激することで、テストステロンの分泌が促されます。
年齢によるテストステロン値の変動
テストステロンの分泌量は、一生のうちで大きく変動します。
胎児期に一度上昇し、思春期に急増して20代でピークを迎えます。
その後は加齢とともに緩やかに減少し、この減少が更年期障害(LOH症候群)の一因となることがあります。
年代別テストステロン分泌量の変化(イメージ)
年代 | 分泌量のレベル | 身体的な特徴 |
---|---|---|
思春期〜20代 | ピーク | 第二次性徴、筋肉・骨格の発達 |
30代〜40代 | 緩やかに減少し始める | 筋力低下や疲労感を感じ始める人も |
50代以降 | さらに減少 | LOH症候群のリスクが高まる |
遊離型と結合型のテストステロン
体内のテストステロンは血液中でタンパク質と結合している「結合型」と、結合せずに単独で存在する「遊離型(フリーテストステロン)」に大別されます。
実際にホルモンとして作用するのは、この遊離型テストステロンです。一般的に健康状態の指標として測定するのはこちらの数値です。
身体の構築と維持に関わるテストステロンの働き
テストステロンは、「男性らしさ」の象徴である筋肉や骨格の形成だけでなく、生命維持に関わる様々な身体機能にも深く関わっています。
筋肉量の増加と筋力の維持
テストステロンの最もよく知られた働きのひとつが、タンパク質の合成を促進し筋肉を増強する作用です。
思春期に男性の身体がたくましくなるのは、このホルモンの影響が大きいです。成人後も筋肉量を維持し、基礎代謝を高く保つために重要な役割を果たします。
骨密度の維持と骨粗しょう症の予防
骨の健康にもテストステロンは関わっています。骨にカルシウムが沈着するのを助け、骨密度を高く維持する働きがあります。
加齢によってテストステロンが減少すると、男性でも骨がもろくなる骨粗しょう症のリスクが高まります。
性機能と生殖能力への関与
性欲の維持や勃起機能、そして精子を作る精巣の働きなど、男性の性機能全般にテストステロンは不可欠です。
テストステロンの低下は性欲の減退やED(勃起不全)の一因となります。
テストステロンの主な身体的役割
対象 | 主な働き |
---|---|
筋肉 | タンパク質合成を促し、筋肉量を増やす |
骨 | 骨密度を維持し、骨を丈夫にする |
性機能 | 性欲、勃起、精子形成を正常に保つ |
血液 | 赤血球の産生を促す(造血作用) |
精神や意欲を支えるテストステロンの役割
テストステロンは「肉体だけでなく、精神的な健康や社会的な活動を営む上でも重要な働きをしています。意欲や活力の源泉ともいえるホルモンです。
意欲や決断力の源泉
新しいことに挑戦する意欲、困難に立ち向かう気力、物事をすばやく決断する力。こうした前向きな精神活動にはテストステロンが深く関わっています。
テストステロン値が高い人はチャレンジ精神が旺盛で、活動的な傾向があるといわれています。
競争心と健全な社会性
テストステロンは社会的な成功を目指す競争心や、リーダーシップを発揮する原動力ともなります。
また、他者への共感や公正さを保つといった健全な社会性を維持する上でも一定の役割を担っていることが分かってきました。
認知機能や記憶力との関連
物事を記憶したり、空間を認識したりする認知機能にもテストステロンは影響を与えます。
加齢によるテストステロンの低下が認知機能の衰えの一因になる可能性も指摘されています。
テストステロンと精神活動
精神活動 | テストステロンの関与 |
---|---|
意欲・モチベーション | 何かに取り組む気力や活力を生み出す |
競争心・闘争心 | 社会的な成功や目標達成への原動力となる |
認知機能 | 記憶力や空間認識能力の維持に関わる |
その活力低下、テストステロンが原因かもしれない
「最近なんだかやる気が出ない」「疲れやすくなった」。多くの男性が40代を過ぎて感じるこうした変化を、単なる「年のせい」で片付けてしまっていませんか。
その不調の裏にはテストステロンの減少が隠れているかもしれません。
加齢だと諦めている身体のサイン
以前は楽しめていた趣味に興味がなくなった、朝すっきりと起きられない、ちょっとしたことでイライラする。これらはテストステロンが減少している時に現れやすいサインです。
身体的な変化だけでなく、こうした心の変化にも目を向けることが大切です。
テストステロン低下のセルフチェック
- 理由もなく気分が落ち込むことが増えた
- 仕事や趣味への興味・関心が薄れた
- 性欲が明らかに低下した
- 睡眠時間は足りているのに、日中に強い眠気がある
- 筋力が落ち、お腹が出てきた
「男の更年期」LOH症候群の現実
女性の更年期障害はよく知られていますが、男性にもテストステロンの低下によって様々な心身の不調が現れる「LOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)」が存在します。
これは特別なことではなく、多くの男性に起こりうる症状です。しかしその認知度はまだ低く、一人で悩みを抱えている方が少なくありません。
身体と心の声に耳を澄ますということ
大切なのは自分の心身の変化を「年のせい」と無視せず、テストステロンの働きと結びつけて考えてみることです。
「もしかしたらホルモンの影響かもしれない」と気づくだけで、解決策を探すという次の行動につながります。
生活習慣の改善や、場合によっては医療機関への相談など、前向きな一歩を踏み出すきっかけになるのです。
テストステロンとAGA(男性型脱毛症)の複雑な関係
テストステロンはAGAと深く関わっていますが、その関係は「テストステロンが多い=はげる」という単純なものではありません。
むしろ、テストステロンが別の物質に変化することが問題の核心です。
薄毛の悪玉「DHT」への変換
AGAの直接的な引き金となるのはテストステロンそのものではなく、テストステロンが「5αリダクターゼ」という酵素の働きによって変換された「DHT(ジヒドロテストステロン)」という、より強力な男性ホルモンです。
DHTが毛乳頭細胞に与える影響
生成されたDHTが髪の毛の根元にある毛乳頭細胞の受容体と結合すると、髪の成長を抑制する命令が出されます。
この命令によって髪の成長期が短縮され、髪が太く長く成長する前に抜け落ちてしまうのです。
テストステロンから脱毛指令までの流れ
段階 | 物質・場所 | 起こる事象 |
---|---|---|
1 | テストステロン | 5αリダクターゼと結合 |
2 | DHT(ジヒドロテストステロン) | 生成される |
3 | 毛乳頭細胞の受容体 | DHTと結合し、脱毛因子を放出 |
テストステロン値と薄毛の進行度は比例しない
重要なのはテストステロンの量そのものではなく、5αリダクターゼの活性度や、DHTに対する毛乳頭細胞の感受性の強さです。これらは遺伝によって大きく左右されます。
したがって、テストステロン値が高くても薄毛にならない人もいれば、それほど高くなくても薄毛が進行する人もいるのです。
テストステロン値を健やかに保つ生活習慣
加齢によるテストステロンの減少は避けられませんが、日々の生活習慣を意識することで、その減少のスピードを緩やかにし、値を健やかに保つことは可能です。
筋力トレーニング、特に下半身の運動
スクワットなど下半身の大きな筋肉を使う筋力トレーニングは、テストステロンの分泌を促す上で非常に効果的です。
定期的な運動習慣はテストステロン値を維持するための基本です。
質の高い睡眠の確保
テストステロンは主に睡眠中に分泌されます。特に深いノンレム睡眠中に多く作られるため、睡眠時間を確保するだけでなく、睡眠の質を高めることが重要です。
寝る前のスマートフォン操作を控える、寝室の環境を整えるなどの工夫をしましょう。
テストステロンの材料となる栄養素
テストステロンの生成にはコレステロールが原料として使われます。
また、亜鉛やビタミンDといった栄養素もテストステロンの合成に深く関わっています。
テストステロンの維持を助ける栄養素
栄養素 | 働き | 多く含まれる食品 |
---|---|---|
亜鉛 | テストステロンの合成を助ける | 牡蠣、レバー、牛肉、ナッツ類 |
ビタミンD | テストステロン値を高める可能性 | きのこ類、魚介類、卵 |
良質な脂質 | テストステロンの原料となる | 青魚、アボカド、オリーブオイル |
テストステロン補充療法とAGA治療
加齢などによって著しくテストステロンが低下し、心身に不調をきたしている場合、医療機関でテストステロン補充療法が行われることがあります。
この治療とAGA治療の関係について解説します。
テストステロン補充療法の目的
この治療はLOH症候群(男性更年期障害)と診断された方に対して、低下したテストステロンを注射などで外部から補充し、意欲の低下やED、疲労感などの症状を改善することを目的とします。
補充療法でAGAは悪化するのか
「テストステロンを補充すると、その分DHTも増えてAGAが悪化するのではないか」と心配する方もいます。
理論上はその可能性も考えられますが、実際には補充療法によってAGAが顕著に悪化したという報告は多くありません。
補充するテストステロンの量は、あくまで正常範囲内に戻すのが目的だからです。
AGA治療との併用について
テストステロン補充療法と、フィナステリドなどを用いたAGA治療を併用することは可能です。
LOH症候群の症状と薄毛の両方に悩んでいる場合は医師の管理のもとで両方の治療を並行して進めるという選択肢もあります。
自己判断でホルモン補充を行うことは非常に危険なため、必ず専門医に相談してください。
治療法の目的比較
治療法 | 主な目的 | 対象となる症状 |
---|---|---|
AGA治療 | 薄毛の進行抑制・発毛促進 | 生え際の後退、頭頂部の薄毛など |
テストステロン補充療法 | 心身の不調改善 | 意欲低下、疲労感、性機能低下など |
よくある質問
テストステロンに関して、患者さんからよくいただく質問とその回答をまとめました。
- テストステロンを増やすというサプリの効果は?
-
市販のサプリメントにはテストステロンの生成をサポートするとされる亜鉛やビタミンなどの栄養素を含むものがあります。
これらは食生活が乱れがちな方の栄養補給には役立ちますが、サプリメントだけでテストステロン値を大幅に上昇させることは困難です。
あくまで補助的なものと考え、過度な期待は禁物です。
- 女性にもテストステロンはありますか?
-
はい、女性も副腎や卵巣で、男性の5〜10%程度の量のテストステロンを分泌しています。
女性の体内でも筋肉や骨の形成、意欲の維持などに重要な役割を果たしています。ただし、量が少ないため、AGAのように薄毛の直接的な原因になることは通常ありません。
- 自分のテストステロン値を調べるには?
-
テストステロン値は医療機関での血液検査で調べることができます。特に遊離型テストステロン(フリーテストステロン)の値を測定することが重要です。
最近では自宅で採血して郵送する検査キットもありますが、正確な診断と適切なアドバイスを受けるためには泌尿器科やメンズヘルスクリニックなど、専門の医療機関で検査を受けることをお勧めします。
以上
参考文献
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