「カルシウムは骨や歯を強くする」ということは広く知られていますが、「髪の毛にも良い影響がある」と聞いて、積極的に乳製品や小魚を摂取している方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、カルシウムが髪にどのように作用するのか、その正確な役割をご存知でしょうか。実はカルシウムは髪の直接の成分ではありませんが、健康な髪を育む上で欠かせない重要な縁の下の力持ちなのです。
この記事ではカルシウムと髪の毛の本当の関係、不足した場合の影響、そして効果的な摂取方法について、医学的な観点から詳しく解説していきます。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
カルシウムは髪の直接の成分ではないという事実
まず理解しておくべき重要な点は、髪の毛そのものがカルシウムでできているわけではないということです。
この誤解が、カルシウムと育毛の関係を正しく理解する上での妨げになることがあります。
髪の主成分はタンパク質(ケラチン)
髪の毛の約90%は、「ケラチン」という種類のタンパク質から構成されています。これは爪や皮膚の角質層を形成する成分と同じです。
したがって健康な髪を作るための最も基本的な材料は、良質なタンパク質ということになります。
カルシウムの体内での主な役割
体内に存在するカルシウムの99%は、骨や歯の構成成分として貯蔵されています。
残りのわずか1%が血液や細胞内に存在し、生命維持に欠かせない極めて重要な役割を担っています。この1%のカルシウムが、間接的に髪の健康に関わってきます。
カルシウムの主な働き
役割 | 具体的な作用 |
---|---|
骨・歯の形成 | 骨格の強度を維持する |
筋肉の収縮 | 心臓を含む全身の筋肉を動かす |
神経伝達の調整 | 脳からの指令をスムーズに伝える |
なぜ「カルシウムが髪に良い」というイメージがあるのか
このイメージは、カルシウムが健康全般を維持するために必要不可欠なミネラルであることから来ていると考えられます。
体が健康であれば、当然髪の毛の状態も良くなります。また、後述するように、カルシウムが細胞の活動をサポートする働きを持つため、間接的に髪の成長に良い影響を与えるのは事実です。
髪の成長におけるカルシウムの間接的な役割
カルシウムは髪の直接の材料ではありませんが、髪を生み出す「毛母細胞」の活動をサポートすることで、育毛に重要な役割を果たしています。
細胞分裂のシグナル伝達
髪の毛は毛根の奥にある毛母細胞が分裂・増殖することで作られます。
この細胞分裂が正常に行われるためには、細胞内外のカルシウムイオン濃度が適切に調節され、細胞への情報伝達がスムーズに行われることが重要です。
カルシウムは細胞が正常に機能するための潤滑油のような働きをしています。
毛母細胞の活性化サポート
毛母細胞が活発に働くためには、十分な栄養と酸素が必要です。カルシウムは神経伝達を正常に保つことで、頭皮の血行をコントロールする自律神経の働きをサポートします。
頭皮の血流が良くなれば毛母細胞に栄養が届きやすくなり、結果として細胞の活性化につながります。
ホルモン分泌の調整
カルシウムは体内の様々なホルモンの分泌を調整する役割も担っています。例えば髪の成長を促す成長ホルモンや、甲状腺ホルモンの働きにも関与しています。
ホルモンバランスが整うことは、健やかなヘアサイクルを維持する上で大切です。
カルシウム不足が髪に与える影響
体内のカルシウムが不足すると、体は生命維持に重要な骨からカルシウムを溶かして補おうとします。この状態が続くと、髪の毛にも様々な悪影響が及ぶ可能性があります。
ヘアサイクルの乱れ
カルシウム不足によって細胞のシグナル伝達が滞ると、毛母細胞の分裂活動が鈍くなる可能性があります。
このことにより髪の成長期が短縮され、髪が十分に成長する前に抜け落ちてしまうなど、ヘアサイクルの乱れにつながることが考えられます。
髪質の低下(パサつき・ツヤの減少)
カルシウムは髪の表面を覆うキューティクルを健康に保つ働きにも間接的に関わっています。
不足すると髪の水分保持能力が低下し、パサつきやツヤの減少といった髪質の低下を招くことがあります。
カルシウム不足による髪への影響
影響 | 具体的な状態 |
---|---|
ヘアサイクルの乱れ | 抜け毛の増加、髪の成長不良 |
髪質の低下 | パサつき、ツヤの減少、切れ毛 |
頭皮環境の悪化 | 乾燥、かゆみ(間接的な影響) |
ストレスとの関係
カルシウムには神経の興奮を鎮める働きがあります。不足すると精神的に不安定になり、イライラしやすくなることが知られています。
精神的なストレスは血管を収縮させて頭皮の血行を悪化させるため、間接的に抜け毛の原因となり得ます。
カルシウム神話のウソとホント 「摂れば摂るだけ良い」は間違い
髪のためにカルシウムを意識することは大切ですが、そこにはいくつかの誤解も存在します。
「とりあえずサプリで大量に摂っておけば安心」という考え方は、かえって健康を損なうリスクさえはらんでいます。
カルシウムと正しく付き合うためには、その性質を深く理解することが重要です。
カルシウム・パラドックスの罠
カルシウムをサプリメントなどで過剰に摂取すると、血中のカルシウム濃度が急激に上昇します。すると体は濃度を元に戻そうとして、余分なカルシウムを骨や細胞に無理やり押し込もうとします。
この現象が、かえって細胞の正常な働きを妨げ、動脈硬化などのリスクを高める可能性が指摘されています。これを「カルシウム・パラドックス」と呼びます。
髪のためと思ってしたことが、全身の健康を害しては本末転倒です。
重要なのは「吸収率」と「バランス」
カルシウムは摂取した量がそのまま体に吸収されるわけではありません。吸収率が比較的低い栄養素であり、他の栄養素とのバランスが非常に重要です。
例えば、カルシウムの吸収を助けるビタミンDや、骨への定着を促すマグネシウムが不足していると、いくらカルシウムを摂ってもザルのように体外へ排出されてしまいます。
カルシウムの吸収を左右する要素
分類 | 具体例 | 役割 |
---|---|---|
吸収を助ける | ビタミンD、マグネシウム | 腸管での吸収促進、骨への定着補助 |
吸収を妨げる | リン、シュウ酸、食物繊維 | カルシウムと結合して排出を促す |
あなたの「本当の不足」を見極める
やみくもにカルシウムを補給する前に、まずはご自身の食生活を振り返ってみることが大切です。
乳製品は足りているか、小魚や大豆製品は食べているか。もし食事からの摂取が明らかに不足しているなら、まずはそこから見直すべきです。
それでも不足が心配な場合に、初めてサプリメントの活用を検討します。
専門家は単にカルシウムを勧めるだけでなく、あなたの食生活全体を把握し、本当に必要な栄養素は何かを一緒に考える視点を持っています。
カルシウムを多く含む食品と摂取の目安
カルシウムは様々な食品から摂取することが可能です。特定の食品に偏らず、バランス良く食事に取り入れることを心がけましょう。
乳製品
牛乳やヨーグルト、チーズなどの乳製品はカルシウムの含有量が多く、吸収率も高いのが特徴です。
手軽に摂取できるため、毎日の食事に取り入れやすいでしょう。
魚介類
ししゃもやいわしの丸干しなど、骨ごと食べられる小魚はカルシウムの宝庫です。
また、干しエビやしらす干しなども、少量で効率的にカルシウムを補給できます。
大豆製品・野菜類
豆腐や納豆などの大豆製品、小松菜や水菜といった緑黄色野菜にもカルシウムは豊富に含まれています。
これらの食品は、他のミネラルやビタミンも同時に摂取できるという利点があります。
カルシウムを多く含む食品例
食品カテゴリー | 主な食品 |
---|---|
乳製品 | 牛乳、ヨーグルト、チーズ |
魚介類 | ししゃも、いわし、しらす干し |
大豆製品・野菜 | 豆腐、納豆、小松菜、水菜 |
カルシウムの吸収率を高める食べ合わせ
カルシウムを効率よく体内に取り込むためには、吸収を助ける栄養素を一緒に摂取することが非常に重要です。
ビタミンD
ビタミンDは、腸管でのカルシウムの吸収を促進する働きがあります。
きのこ類や魚介類に多く含まれるほか、日光(紫外線)を浴びることで皮膚でも生成されます。適度な日光浴も、カルシウムの吸収には有効です。
- 多く含む食品:きくらげ、干し椎茸、鮭、さんま
- 日光浴の目安:夏場で15分、冬場で30分程度
ビタミンK
ビタミンKは吸収されたカルシウムが骨に沈着するのを助ける働きがあります。
納豆やほうれん草、ブロッコリーなどの緑黄色野菜に豊富です。
マグネシウム
カルシウムとマグネシウムは体内でバランスを取りながら働いています。理想的な摂取比率は「カルシウム2:マグネシウム1」とされています。
マグネシウムはナッツ類や海藻類、玄米などに多く含まれています。
吸収を高める栄養素と食品
栄養素 | 主な働き | 多く含む食品 |
---|---|---|
ビタミンD | 腸管での吸収を促進 | きのこ類、魚介類 |
ビタミンK | 骨への沈着を助ける | 納豆、緑黄色野菜 |
マグネシウム | 体内でのバランスを調整 | ナッツ類、海藻類 |
カルシウムの吸収を妨げる要因に注意
一方で、カルシウムの吸収を阻害したり、体外への排出を促してしまったりする成分もあります。これらの過剰摂取には注意が必要です。
リンの過剰摂取
リンは骨の成分でもあり、必要なミネラルですが、過剰に摂取するとカルシウムの吸収を妨げます。
インスタント食品や加工食品には食品添加物としてリン酸塩が多く使われているため、これらの食品の食べ過ぎには注意しましょう。
シュウ酸や食物繊維
ほうれん草などに含まれるシュウ酸や、穀物や豆類に多い不溶性食物繊維は、カルシウムと結合して吸収を阻害することがあります。
ただし、これらは健康に良い成分でもあるため、過度に避ける必要はありません。ほうれん草は下茹ですることでシュウ酸を減らすことができます。
カフェインやアルコールの過剰摂取
コーヒーなどに含まれるカフェインや、アルコールには利尿作用があり、尿と一緒にカルシウムの排泄を促してしまいます。
カルシウムのためには適度な摂取を心がけることが大切です。
カルシウムと髪に関するよくある質問
カルシウムと髪の毛の関係について、患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- カルシウムを摂れば白髪は改善しますか?
-
カルシウムが直接的に白髪を黒髪に戻すという医学的根拠はありません。
白髪の主な原因は、髪を黒くするメラニン色素を作る色素細胞(メラノサイト)の機能低下や消失です。
カルシウムは、このメラノサイトの働きをサポートする可能性はありますが、カルシウム摂取だけで白髪が劇的に改善することは期待しにくいでしょう。
- サプリメントで摂取する場合の注意点はありますか?
-
サプリメントを利用する場合は、まず1日の推奨摂取量(成人男性で700〜800mg程度)を超えないように注意することが第一です。
また、前述の通り、カルシウム単体で摂るよりも、吸収を助けるビタミンDやマグネシウムが配合された製品を選ぶ方が効率的です。
何よりも、サプリメントはあくまで食事の補助と考え、基本は食事から摂取することを心がけてください。
- 牛乳を飲むとお腹がゴロゴロするのですが、どうすれば良いですか?
-
これは、牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素が少ない「乳糖不耐症」が原因です。その場合は、無理に牛乳を飲む必要はありません。
ヨーグルトやチーズなど発酵過程で乳糖が分解されている乳製品を選ぶか、小魚、大豆製品、緑黄色野菜といった他の食品からカルシウムを摂取するようにしましょう。
以上
参考文献
YAMASHIRO, Kaito, et al. Relationship between self-reported osteoporosis and mineral concentrations in female hair. Journal of allied health sciences, 2021, 12.1: 16-23.
HAGINO, Teppei, et al. Dietary habits in Japanese patients with alopecia areata. Clinical, Cosmetic and Investigational Dermatology, 2021, 1579-1591.
GOLUCH-KONIUSZY, Zuzanna Sabina. Nutrition of women with hair loss problem during the period of menopause. Menopause Review/Przegląd Menopauzalny, 2016, 15.1: 56-61.
THOMPSON, Jordan M., et al. The role of micronutrients in alopecia areata: a review. American journal of clinical dermatology, 2017, 18.5: 663-679.
RAJENDRASINGH, Rajesh Rajput. Nutritional correction for hair loss, thinning of hair, and achieving new hair regrowth. In: Practical Aspects of Hair Transplantation in Asians. Tokyo: Springer Japan, 2017. p. 667-685.
KATIKANENI, Ranjitha, et al. Parathyroid hormone linked to a collagen binding domain promotes hair growth in a mouse model of chemotherapy-induced alopecia in a dose-dependent manner. Anti-cancer drugs, 2014, 25.7: 819-825.