最近、シャンプーやブラッシングの際の抜け毛が増えた、髪全体が薄くなった、髪の毛が細く弱々しくなったと感じる女性は少なくありません。
その不調、もしかしたら体からのSOSサインかもしれません。
多くの女性が悩む「鉄欠乏性貧血」や、その手前の「隠れ貧血」は、疲労感やめまいだけでなく、深刻な脱毛の症状を引き起こすことがあります。
この記事では、なぜ鉄不足が髪に影響を与えるのか、その背景にある原因、そしてご自身の状態を正確に把握するために病院で行うべき血液検査について、専門的な知見から詳しく解説します。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
なぜ鉄不足で髪が抜けるのか – 脱毛の仕組み
髪の健康と体内の鉄分量には、非常に密接な関係があります。一見、関係ないように思える鉄分の不足が、なぜ大切な髪の毛を失う原因となるのでしょうか。
ここでは、私たちの体の中で起きている生命維持の働きと、それが髪に与える影響について解説します。
髪の成長を支える酸素と栄養素
髪の毛は、毛根の奥にある「毛母細胞」という部分で作られます。この毛母細胞は、体の中でも特に細胞分裂が活発な場所の一つで、健康な髪を育てるために大量の酸素と栄養を常に必要とします。
ヘモグロビンの重要な役割
この大切な酸素を全身の細胞に届ける役割を担っているのが、血液中の赤血球に含まれる「ヘモグロビン」という赤い色素です。そして、このヘモグロビンを構成する中心的な材料が「鉄」なのです。
つまり、鉄が不足するとヘモグロビンを十分に作れなくなり、体全体の酸素運搬能力が低下してしまいます。
生命維持を優先する体の働き
体内の鉄が減少し、酸素を運ぶ力が弱まると、私たちの体は生命を維持するために重要な臓器(脳や心臓、肺など)へ優先的に酸素を供給しようとします。
これは、危機的な状況を乗り切るための、体の自然な防御反応です。
髪への栄養供給が後回しにされる理由
この時、生命維持の優先順位が低いとされる髪の毛(毛母細胞)への酸素や栄養の供給は後回しにされてしまいます。
工場で言えば、主要な生産ラインを動かすために、緊急性の低い部署へのエネルギー供給を止めるようなものです。この栄養不足の状態が、直接的に脱毛へとつながります。
鉄不足が髪に与える影響の連鎖
影響の段階 | 具体的な変化 | 髪に現れる結果 |
---|---|---|
栄養供給の低下 | 毛母細胞の活動が鈍化する | 髪の成長が遅くなる |
ヘアサイクルの乱れ | 成長期が短縮し、休止期に入る髪が増える | 抜け毛が増え、髪が細くなる |
慢性的不足 | 毛包が十分に機能しなくなる | 全体のボリュームが減る(びまん性脱毛) |
髪の成長サイクルの乱れ
髪の毛には、成長期(伸びる期間)、退行期(成長が止まる期間)、休止期(抜ける準備期間)というサイクルがあります。鉄不足による栄養不足は、この正常なサイクルを乱してしまいます。
成長期の短縮と休止期の延長
栄養が十分に届かない毛母細胞は、髪を長く太く育てる「成長期」を維持できなくなり、通常よりも早く「休止期」へと移行してしまいます。
その結果、まだ成長途中である細く短い髪の毛が抜け落ち、新しく生えてくる髪よりも抜ける髪のほうが多くなるため、頭部全体の髪が薄くなる「びまん性脱毛」という症状が引き起こされるのです。
鉄欠乏性貧血に伴う脱毛症を引き起こす主な原因
鉄不足は、単一の原因ではなく、いくつかの要因が複合的に絡み合って発生します。鉄欠乏による脱毛を根本的に改善するためには、まずその原因を正しく理解することが重要です。
ご自身の生活を振り返りながら、どの原因が当てはまるか考えてみましょう。
鉄の摂取不足
最も基本的な原因は、食事から摂取する鉄の量が、体が消費する量に追いついていないことです。
特に、偏った食生活や無理なダイエットは、鉄分だけでなく、髪の健康に必要な亜鉛などのミネラルも不足させがちです。日々の食べ物を見直すことが、対策の第一歩となります。
鉄の需要増大
体の成長期である思春期や、妊娠・授乳期など、女性のライフステージによっては、通常よりも多くの鉄を必要とする時期があります。
この需要の増加に対して食事からの供給が追い付かないと、体内に蓄えられている鉄(貯蔵鉄)がどんどん使われ、いずれ枯渇してしまいます。
鉄の排出過多
月経による出血は、女性が定期的に鉄を失う主な要因です。特に経血量が多い過多月経の方は、知らず知らずのうちに大量の鉄を失っている可能性があります。
また、胃潰瘍や子宮筋腫といった病気による慢性的な出血も、鉄欠乏の大きな原因となり得ます。
鉄の吸収障害
食事で十分な鉄分を摂取しているつもりでも、胃腸の機能が低下していると、食べ物に含まれる鉄をうまく体内に吸収できないことがあります。
胃の切除手術を受けた方や、慢性的な胃腸の病気を抱えている方は、特に注意が必要です。ストレスによる消化機能の低下も、吸収を妨げる一因になります。
鉄欠乏を引き起こす4つの主な原因
原因のカテゴリー | 具体的な要因の例 | 対策の方向性 |
---|---|---|
摂取不足 | 極端なダイエット、偏食、菜食主義 | 食事内容の見直し、バランスの良い食事 |
需要増大 | 妊娠、授乳、成長期 | 意識的な鉄分摂取、サプリの活用 |
排出過多 | 月経(特に過多月経)、消化管出血、婦人科疾患 | 原因疾患の治療、病院での検査 |
吸収障害 | 胃切除後、慢性胃炎、ストレス | 消化機能の改善、原因疾患の治療 |
女性特有の鉄欠乏リスク – 月経と妊娠・授乳期の影響
統計的に見ても、鉄欠乏性貧血は圧倒的に女性に多く見られます。これは、女性の体が経験するライフステージの変化と深く関わっています。
ここでは、女性特有の鉄欠乏リスクについて、さらに詳しく掘り下げていきましょう。
月経による継続的な鉄の損失
閉経前の女性は、毎月の月経によって定期的に血液を失います。血液と共に、その主成分であるヘモグロビン、そして鉄も体外へ排出されます。
これが、男性に比べて女性が貧血になりやすい最大の理由です。
毎月の出血とヘモグロビンの関係
1回の月経による出血量は個人差が大きいですが、平均で20〜80ml程度と言われています。特に、出血量が80mlを超える「過多月経」の状態では、食事だけで失われた鉄分を補うことは非常に難しくなります。
毎月少しずつ貯蔵鉄が減少し、数年単位で貧血が進行していくケースも珍しくありません。
月経周期と鉄貯蔵量の関係
時期 | 体の状態 | 鉄への影響 |
---|---|---|
月経中 | 経血により血液が失われる | ヘモグロビンと鉄が直接的に減少する |
月経後 | 失われた血液を補おうと体が造血する | 貯蔵鉄(フェリチン)が消費される |
月経前 | 次の月経に備える | 摂取が不足すると貯蔵鉄が回復しない |
妊娠中の鉄需要の急増
妊娠は、女性の体にとって鉄の需要が最も高まる時期です。お腹の中で新しい命を育むためには、お母さんの体から大量の鉄が使われます。
胎児の成長と母体の変化
胎児や胎盤の成長、そして出産に備えてお母さん自身の循環血液量が増加するため、妊娠中期から後期にかけて鉄の必要量は平常時の2倍以上にもなります。
この時期に十分な鉄を補給できないと、母子ともに鉄欠乏に陥るリスクが高まります。妊娠前から「隠れ貧血」の状態だった女性は、特に注意が必要です。
出産と授乳期における鉄の消費
無事に出産を終えた後も、鉄の需要が高い状態は続きます。出産時の分娩に伴う出血、そしてその後の授乳が、お母さんの体の鉄分をさらに減少させます。
出産時の出血と母乳による供給
分娩では、数百mlの出血があるのが一般的です。これは、月経数回分の鉄が一気に失われることに相当します。
また、母乳は赤ちゃんにとって大切な栄養源ですが、母乳を通じてお母さんの鉄分が赤ちゃんへと移行します。
そのため、授乳期間中も意識的な鉄分補給を継続することが、お母さん自身の健康と髪を守るために重要です。産後の抜け毛の原因の一つに、この時期の深刻な鉄不足が関係していることも少なくありません。
食生活が招く鉄不足 – 偏食とダイエットの落とし穴
日々の食事は、私たちの体を作る基本です。しかし、健康や美容を意識するあまり、かえって鉄不足を招いてしまうことがあります。
ここでは、現代女性の食生活に潜む危険性と、その改善策について考えていきます。
無理な食事制限とダイエット
体重を減らす目的で、食事の量を極端に減らすダイエットは、鉄欠乏の直接的な原因となります。
摂取カロリーを気にするあまり、鉄分を多く含む肉類などを敬遠してしまうと、貧血のリスクは一気に高まります。
カロリー制限がもたらす栄養不足
食事量が減ると、鉄だけでなく、髪の主成分であるタンパク質や、健康な髪の成長に必要な「亜鉛」などのミネラルも同時に不足します。
これらの栄養素は互いに協力して働くため、どれか一つが欠けても髪の健康は損なわれます。バランスの取れた食事が、美しい髪を育む土台となります。
偏った食事内容の問題
食事の量は足りていても、内容が偏っていると鉄不足に陥ることがあります。特に、鉄分の「種類」と「吸収率」を意識することが大切です。
ヘム鉄と非ヘム鉄のバランス
食べ物に含まれる鉄には、肉や魚などの動物性食品に多い「ヘム鉄」と、野菜や豆類、海藻などの植物性食品に多い「非ヘム鉄」の2種類があります。
ヘム鉄は体に吸収されやすいのに対し、非ヘム鉄は吸収率が低いという特徴があります。健康志向で野菜中心の食事を心がけている方は、非ヘム鉄の吸収を高める工夫が必要です。
ヘム鉄と非ヘム鉄を多く含む食べ物
鉄の種類 | 主な食べ物 | 特徴・吸収率 |
---|---|---|
ヘム鉄 | レバー、赤身肉、カツオ、マグロ | 吸収率が高い(15~25%) |
非ヘム鉄 | ほうれん草、小松菜、ひじき、大豆製品 | 吸収率が低い(2~5%) |
鉄の吸収を妨げる食べ物や飲み物
せっかく鉄分の多い食べ物を摂っても、組み合わせによってはその吸収が妨げられてしまうことがあります。食事の際の飲み物やタイミングにも注意しましょう。
タンニンやフィチン酸の影響
コーヒーや緑茶、紅茶に含まれる「タンニン」という成分は、鉄、特に非ヘム鉄と結合してその吸収を阻害します。また、玄米や豆類に多い「フィチン酸」も同様の働きをします。
これらの飲み物は、食事中や食後すぐではなく、時間を空けて楽しむのが良いでしょう。一方で、ビタミンCは非ヘム鉄の吸収を助ける強い味方です。
パプリカやブロッコリー、柑橘類などを食事に取り入れると効果的です。
ストレスと消化機能
見過ごされがちですが、精神的なストレスも鉄不足の一因となり得ます。心と体は密接につながっており、心の不調は体の機能に直接影響します。
精神的なストレスが与える身体への影響
強いストレスや慢性的な疲労は、自律神経のバランスを乱し、胃腸の働きを低下させることがあります。消化機能が弱まると、食べ物から栄養素を十分に吸収できなくなり、結果として鉄不足につながるのです。
リラックスする時間を作り、心身ともに健やかな状態を保つことも、薄毛対策には重要です。
病気が隠れている可能性 – 消化器疾患と婦人科疾患
食事改善や生活習慣の見直しをしても、なかなか鉄欠乏が改善しない場合があります。その背景には、自分では気づいていない病気が隠れている可能性も考えられます。
安易に自己判断せず、専門の病院で検査を受けることが重要です。
消化管からの慢性的な出血
目に見えなくても、消化管のどこかからごく少量の出血が長期間続いていると、徐々に鉄が失われて深刻な貧血を引き起こすことがあります。
胃潰瘍や十二指腸潰瘍
これらの病気は、胃や腸の粘膜が傷つき、そこから出血します。はっきりとした腹痛などの症状がなくても、便が黒っぽくなるなどのサインが見られることがあります。
ピロリ菌の感染が原因となることもあります。
大腸ポリープやがん
特に中高年以降の女性では、大腸のポリープやがんが原因で気づかないうちに出血しているケースもあります。
貧血をきっかけにこれらの病気が見つかることも少なくないため、原因不明の鉄欠乏では消化器内科での精密検査が必要になることもあります。
婦人科系の疾患
女性の鉄欠乏で最も多い原因の一つが、婦人科系の病気による過多月経です。経血量が異常に多い、月経期間が長いといった症状がある場合は、早めに婦人科を受診しましょう。
子宮筋腫や子宮内膜症
これらは、過多月経や不正出血を引き起こす代表的な婦人科疾患です。放置すると貧血が進行し、脱毛だけでなく、強い倦怠感や動悸など、日常生活に支障をきたす症状が現れることもあります。
根本的な原因である疾患の治療が、貧血改善への近道です。
鉄欠乏の原因となる代表的な疾患
分類 | 疾患名 | 主な症状・サイン |
---|---|---|
消化器疾患 | 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、大腸がん | 黒い便、腹痛、便潜血陽性 |
婦人科疾患 | 子宮筋腫、子宮内膜症 | 過多月経、月経痛、不正出血 |
その他 | 腎性貧血、痔など | むくみ、血尿、排便時の出血 |
鉄欠乏性貧血に伴う脱毛症の診断に必要な血液検査
「私の抜け毛も、もしかして鉄不足が原因かも?」と感じたら、次のステップは医療機関で正確な診断を受けることです。
ここでは、脱毛の原因を突き止めるために、どのような問診や血液検査が行われるのかを具体的に解説します。
まずは病院での問診から
診察室に入ると、まず医師による丁寧な問診が行われます。これは、検査結果を正しく解釈し、総合的に診断を下すための非常に重要な情報収集です。
自覚症状と生活習慣の確認
医師は、脱毛の症状がいつから、どのように気になっているかに加え、以下のような点を質問します。
- 脱毛以外の症状(疲れやすさ、動悸、息切れ、めまい、頭痛など)
- 食事の内容やダイエットの経験
- 月経の状態(周期、期間、経血量)
- 妊娠、出産の経験
- 過去の病気や現在治療中の病気、服用中の薬やサプリ
正確な情報を伝えることが、的確な診断につながります。
基本的な血液検査項目
問診と合わせて、原因を探るための血液検査を行います。
一般的に「貧血の検査」というと、血算(けっさん)またはCBC(Complete Blood Count)と呼ばれる、血液の基本的な成分を調べる検査を指します。
血算(CBC)でわかること
この検査では、血液中に含まれる赤血球、白血球、血小板の数や、赤血球に含まれるヘモグロビンの濃度などを測定します。特に、鉄欠乏性貧血の診断で重要視されるのは以下の項目です。
主要な血液検査項目とその役割
検査項目 | 略称 | この項目が示すもの |
---|---|---|
ヘモグロビン | Hb | 血液の酸素運搬能力。貧血の最も基本的な指標。 |
赤血球数 | RBC | 血液中の赤血球の数。 |
ヘマトクリット | Ht | 血液全体に占める赤血球の割合。 |
ヘモグロビン値だけでは不十分 – フェリチン検査の重要性
会社の健康診断などで「ヘモグロビン値は正常です。貧血ではありません」と言われた経験はありませんか。
安心してしまいがちですが、実はその時点で体内の鉄は枯渇寸前、いわゆる「隠れ貧血」の状態かもしれません。この隠れた鉄不足を見つけ出す鍵が「フェリチン」です。
「隠れ貧血」とは何か
「隠れ貧血」とは、血液中のヘモグロビン値はまだ基準値を保っているものの、体内に貯蔵されている鉄分が著しく減少している状態を指します。潜在性鉄欠乏症とも呼ばれます。
ヘモグロビン値が正常でも起こる鉄不足
私たちの体は、食事からの鉄摂取が減ると、まず体内に蓄えている「貯蔵鉄」を取り崩して、生命維持に重要なヘモグロビンの値を正常に保とうとします。
そのため、貯蔵鉄がかなり少なくなるまで、ヘモグロビン値には変化が現れないのです。しかし、この段階ですでに、脱毛や倦怠感、集中力の低下といった鉄不足の症状は出始めています。
貯蔵鉄の指標「血清フェリチン」
この目に見えない「貯蔵鉄」の量を正確に反映するのが、「血清フェリチン」という血液検査の項目です。フェリチンは、鉄を貯蔵する役割を持つタンパク質です。
フェリチンが示す体内の鉄の貯金
フェリチンは、よく「体内の鉄の貯金箱」に例えられます。ヘモグロビンが日々の生活費に使う「普通預金」だとすれば、フェリチンはいざという時のための「定期預金」です。
脱毛などの症状は、この定期預金が底をつき始めたサインなのです。したがって、ヘモグロビン値だけでなく、フェリチン値を測定することが、本当の鉄不足を見抜くために絶対に必要です。
なぜフェリチン検査が必要なのか
脱毛の悩みを抱える女性にとって、フェリチン検査は根本原因を特定し、効果的な治療方針を立てるための羅針盤となります。
脱毛治療におけるフェリチンの位置づけ
多くの研究で、女性の脱毛と低いフェリチン値には強い関連があることが示されています。ヘモグロビン値が正常でも、フェリチン値が低ければ、それは脱毛の有力な原因と考えられます。
当クリニックのような薄毛治療を専門とする病院では、このフェリチン値を非常に重要な指標として、診断と治療効果の判定に用いています。
検査結果の読み方 – 基準値と症状の関係性
血液検査の結果を受け取った際、そこに並ぶ数字が何を意味するのかを理解することは、ご自身の状態を把握し、積極的に治療に取り組む上でとても大切です。
ここでは、特に脱毛と関係の深いヘモグロビンとフェリチンの数値の読み解き方を解説します。
ヘモグロビン値の基準
ヘモグロビン(Hb)は、貧血かどうかを判断する最も基本的な指標です。基準値は検査機関によって多少異なりますが、一般的に女性では以下のようになっています。
貧血の診断基準
世界保健機関(WHO)の基準では、成人女性の場合、ヘモグロビン値が12.0g/dL未満で「貧血」と診断されます。11.0g/dLを下回ると、動悸や息切れといった症状がはっきりと現れることが多くなります。
フェリチン値の解釈
フェリチン値は、検査機関が設定する「基準範囲」と、症状の改善や発毛のために目指すべき「目標値」を区別して考えることが重要です。
基準値内でも注意が必要なレベル
一般的に、フェリチンの基準値は10~120ng/mLなどと広く設定されています。しかし、この基準値の下限に近い数値では、多くの女性が何らかの不調を感じています。
特に、脱毛の症状はフェリチン値が40ng/mL以下になると現れやすくなると言われています。たとえ基準値内でも、安心はできません。
髪の健康と発毛を目指すための目標値
脱毛を改善し、健康で力強い髪の毛を再び育てるためには、体内に十分な鉄の貯金がある状態を作る必要があります。
多くの専門家は、そのための目標値として、フェリチン値50ng/mL以上を維持することを推奨しています。
このレベルまで回復させることで、毛母細胞に安定して栄養が供給され、ヘアサイクルが正常化しやすくなります。
フェリチン値と身体の状態の目安
フェリチン値 (ng/mL) | 体の状態 | 考えられる症状 |
---|---|---|
10未満 | 重度の鉄欠乏(貧血) | 動悸、息切れ、強い倦怠感、脱毛 |
10~30 | 明らかな鉄欠乏(隠れ貧血) | 脱毛、倦怠感、めまい、頭痛、集中力低下 |
30~50 | 鉄不足の傾向あり | 軽度の脱毛、疲れやすさ、肌荒れ、爪の異常 |
50以上 | 理想的な状態 | 症状の改善、発毛の促進が期待できる |
鉄欠乏性貧血に伴う脱毛症の確定診断までの流れ
脱毛の悩みを抱えてクリニックのドアを叩いてから、原因がはっきりとわかり、診断が確定するまでには、いくつかの段階を踏みます。ここでは、その一般的な流れをご紹介します。
全体の流れを知ることで、安心して検査や診察に臨むことができます。
カウンセリングと問診
まず、専門のカウンセラーや医師が、あなたの悩みや症状について詳しくお話を伺います。リラックスして、些細なことでも気になることは何でもお話しください。
丁寧な問診と視診
いつから、どの部分の脱毛が気になるかといった具体的な症状に加え、既往歴、生活習慣、食事内容、ストレスの有無などを丁寧にヒアリングします。
同時に、マイクロスコープなどを用いて頭皮や毛髪の状態を直接観察し、脱毛のパターンなどを確認します。
血液検査の実施
問診と視診で得られた情報をもとに、脱毛の原因を客観的なデータで裏付けるため、血液検査を行います。
原因究明のための詳細な検査
貧血の指標であるヘモグロビン、そして隠れ貧血を見抜くためのフェリチンは必須の検査項目です。
それに加え、髪の健康に深く関わる亜鉛や、甲状腺機能など、脱毛の原因となりうる他の要因についても同時に調べることがあります。
検査結果に基づく診断
後日、血液検査の結果が出たら、再度ご来院いただき、医師から詳しい説明があります。
総合的な評価と原因の特定
血液検査の数値データと、最初の問診や視診で得られた情報を総合的に評価し、あなたの脱毛の主な原因が鉄欠乏によるものなのか、あるいは他の要因も関わっているのかを診断します。
治療計画の立案
診断が確定したら、次はいよいよ具体的な治療へと進みます。一人ひとりの状態に合わせて、最適な治療計画を提案します。
個々の状態に合わせた対策
鉄欠乏の程度に応じて、食事内容の改善指導、吸収の良い鉄サプリメントの処方などを行います。もし、背景に婦人科や消化器科の病気が疑われる場合は、専門の医療機関と連携して治療を進めることもあります。
あなたの不安を取り除きながら、発毛というゴールに向かって二人三脚で歩んでいきます。
よくあるご質問(Q&A)
鉄欠乏の原因と検査の重要性についてご理解いただけたでしょうか。ご自身の状態を把握した上で、次に取り組むべきは具体的な治療と再発予防です。
次の記事「鉄欠乏性貧血に伴う脱毛症の治療と予防 」では、日々の食事で効率的に鉄分を補う方法、医療機関で行う専門的な治療、そして健康な髪を維持するための生活習慣について、さらに詳しく解説しています。
原因を知った今、次の一歩としてぜひご覧ください。
Reference
ASHWINI, P. An Observational Study to Evaluate Hemoglobin and Serum Ferritin Levels in Apparently Healthy Adults and its Correlation with Hair Loss. 2019. PhD Thesis. Rajiv Gandhi University of Health Sciences (India).
SRILAKSHMI, N. Clinico-Epidemiological Study of Alopecias in Females in Correlation with Serum Ferritin, Vitamin B12 and Thyroid Profile. 2019. PhD Thesis. Rajiv Gandhi University of Health Sciences (India).
ZHANG, Donglin; LASENNA, Charlotte; SHIELDS, Bridget E. Serum ferritin levels: A clinical guide in patients with hair loss. Cutis, 2023, 112.2: 62-67.
DURUSU TURKOGLU, Irem Nur, et al. A comprehensive investigation of biochemical status in patients with telogen effluvium: Analysis of Hb, ferritin, vitamin B12, vitamin D, thyroid function tests, zinc, copper, biotin, and selenium levels. Journal of Cosmetic Dermatology, 2024, 23.12: 4277-4284.
BELGAUMKAR, V., et al. Evaluation of serum ferritin, vitamin B12 and vitamin D levels as biochemical markers of chronic telogen effluvium in women. Int J Res Dermatol, 2021, 7: 407-12.
TROST, Leonid Benjamin; BERGFELD, Wilma Fowler; CALOGERAS, Ellen. The diagnosis and treatment of iron deficiency and its potential relationship to hair loss. Journal of the American Academy of Dermatology, 2006, 54.5: 824-844.
RANI, Seema, et al. An Analytical Study of Serum Ferritin, Vitamin D, and Thyroid Function in Females with Diffuse Hair Loss. Indian Journal of Dermatopathology and Diagnostic Dermatology, 2022, 9.1: 10-14.
OLSEN, Elise A., et al. Iron deficiency in female pattern hair loss, chronic telogen effluvium, and control groups. Journal of the American Academy of Dermatology, 2010, 63.6: 991-999.
KN, Shobha Rani. Histopathological Study of Scalp Biopsy Specimen Along with Estimation of Serum Ferritin and Thyroid Profile in Females with Diffuse Hair Loss. 2018. PhD Thesis. Rajiv Gandhi University of Health Sciences (India).
SHRIVASTAVA, Shyam Behari. Diffuse hair loss in an adult female: approach to diagnosis and management. Indian Journal of Dermatology, Venereology and Leprology, 2009, 75: 20.
鉄欠乏性貧血に伴う脱毛症の関連記事


