鏡を見るたびに気になる、髪のボリュームダウンや分け目の広がり。女性の薄毛の悩みは深刻ですが、誰にも相談できずに一人で抱え込んでいる方も多いようです。
西洋医学の治療とは異なる視点で、身体の内側から働きかけるのが漢方治療です。漢方は薄毛を単なる「髪の問題」として捉えず、身体全体のバランスの乱れが引き起こす症状の一つと考えます。
この体質そのものを見直し、改善していきながら、髪が育ちやすい健やかな土壌を取り戻すことを目指します。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
なぜ女性の薄毛に漢方が注目されるのか
女性の薄毛治療において漢方が注目を集める理由は、髪の悩みだけに対処するのではなく、身体全体の調和を取り戻す「体質改善」という根本的な働きかけにあります。
薄毛を局所的な問題としてではなく、身体からのサインとして捉え、その背景にある冷えやストレス、ホルモンバランスの乱れといった根本原因に目を向けます。
西洋医学と東洋医学(漢方)の違い
西洋医学は、特定の症状や病気の原因を特定し、その部分を直接治療することを得意とします。
例えば、薄毛治療では発毛を促す特定の成分を用いたり、血行を促進する局所的な治療を行ったりします。
一方、東洋医学である漢方は、個々の症状よりも「人」そのものを見ます。身体全体のバランス(調和)が崩れるため、様々な不調(薄毛もその一つ)が現れると考えます。
そのため、治療は身体全体のバランスを整え、人間が本来持つ自然治癒力を高めることを目的とします。
アプローチの違いの概要
| 項目 | 西洋医学 | 漢方(東洋医学) |
|---|---|---|
| 視点 | 病気・症状(局所) | 人・体質(全体) |
| 治療法 | 原因の除去、症状の抑制 | 体質改善、バランスの調整 |
| 得意分野 | 明確な原因のある疾患、急性期 | 原因不明の不調、慢性期、体質改善 |
漢方が目指す「体質改善」とは
漢方でいう「体質改善」とは、単に生活習慣を良くするという意味合いだけではありません。
一人ひとりの身体の状態(体質)を見極め、その人が持つ「証(しょう)」に合った漢方薬を用いて、身体の偏りを正常な状態に戻していきます。
例えば、冷えやすい体質、疲れやすい体質、イライラしやすい体質など、様々な体質があります。
漢方は、これらの体質の背景にある根本的な原因を探り、それを改善し、結果として薄毛の悩みも解消していくことを目指します。
薄毛という「結果」ではなく、薄毛を生み出す「原因(体質)」に働きかけるのが、漢方の大きな特徴です。
髪と「気・血・水」の深い関係
漢方では、私たちの身体は「気(き)・血(けつ)・水(すい)」の3つの要素がバランス良く巡ることで健康が保たれていると考えます。これらは髪の健康とも深く結びついています。
「気」は生命活動のエネルギー源であり、身体を温めたり、内臓の働きを支えたりします。「血」は血液そのものと、血液が運ぶ栄養素を指し、全身(もちろん頭皮や髪も)に栄養を届けます。
漢方では「髪は血の余り(けつのあまり)」と言われ、血が充実していることが美しい髪の基本とされます。
「水」は血液以外の体液全般を指し、身体を潤す働きがあります。
これらのいずれかが不足したり滞ったりすると、頭皮や髪に十分な栄養が行き届かなくなり、薄毛や抜け毛、白髪といったトラブルにつながると考えます。
局所治療と全体治療のアプローチ
薄毛に対して頭皮に直接何かを塗布したり、特定の成分を摂取したりするのは「局所治療」と言えます。これは西洋医学的な働きかけに近いものです。
それに対して漢方は「全体治療」です。たとえ悩みが「髪」であっても、足先の冷えや肩こり、生理不順や睡眠の質など、一見関係なさそうな全身の状態を詳しく問診します。
これは、身体のどこかのバランスが崩れた結果が「髪」に現れていると考えるためです。
「身体全体の土壌を整えて、髪という「植物」が健やかに育つ環境を取り戻す」が漢方の目指す取り組みです。
女性の薄毛を引き起こす主な原因と漢方の視点
女性の薄毛には、ホルモンバランスの変化、過度なストレス、生活習慣の乱れなど、様々な要因が複雑に絡み合っています。
漢方では、これらの要因が「気・血・水」のバランスをどのように崩しているかという視点で、薄毛の原因を探っていきます。
ホルモンバランスの乱れと漢方
女性の髪の健康は、女性ホルモン(エストロゲン)と深く関係しています。エストロゲンは髪の成長を促し、その周期を維持する働きがあります。
しかし、出産後や更年期など、女性ホルモンが急激に減少する時期は、ホルモンバランスが大きく変動します。
漢方ではこのホルモンバランスの乱れを、特に「血」や、生命エネルギーの根源とされる「腎(じん)」の問題として捉えます。
加齢や出産によって「血」や「腎」のエネルギーが消耗すると髪を養う力が弱まり、薄毛や抜け毛が引き起こされると考えます。
ストレス社会と「気」の滞り
現代社会ではストレスを避けて通るのが難しいです。仕事や家事、育児や人間関係など、過度な精神的ストレスは自律神経のバランスを乱します。
自律神経が乱れると、血管が収縮し、頭皮への血流が悪くなります。
漢方では、強いストレスは「気」の流れを滞らせる(気滞)と考えます。「気」は「血」を巡らせる原動力でもあるため、「気」が滞ると「血」の流れも悪くなり(瘀血)、頭皮に十分な栄養が届かなくなります。
イライラしやすい、ため息が多い、胸が詰まる感じがするといった症状は、「気」が滞っているサインかもしれません。
栄養不足と「血」の不足(血虚)
過度なダイエットや偏った食生活は、髪の主成分であるタンパク質や、髪の成長に必要なビタミン、ミネラルの不足を招きます。これは西洋医学的な視点ですが、漢方でも同様に食事は重要視します。
漢方では、栄養不足の状態を「血」が不足している「血虚(けっきょ)」と捉えます。
「髪は血の余り」という言葉通り、「血」が不足すれば生命維持に直接関係のない髪の毛にまで栄養を回す余裕がなくなり、抜け毛や髪のパサつき、細毛といった症状が現れます。
顔色が悪い、めまい、立ちくらみ、爪が割れやすいといった症状も「血虚」の特徴です。
気・血・水の異常と主な髪・身体の症状
| 異常タイプ | 主な原因 | 髪・頭皮の症状 |
|---|---|---|
| 気滞(きたい) | ストレス、我慢 | 円形脱毛症、頭皮の緊張 |
| 血虚(けっきょ) | 栄養不足、出産、加齢 | 細毛、パサつき、抜け毛、白髪 |
| 瘀血(おけつ) | 血行不良、冷え、ストレス | 頭皮が硬い、くすんだ頭皮色 |
頭皮環境の悪化と「水」の停滞(水滞)
身体の水分代謝が悪いと、余分な水分が体内に溜まります。これを漢方では「水滞(すいたい)」(または水毒)と呼びます。
身体がむくみやすい、身体が重だるい、雨の日に調子が悪いといった特徴があります。
「水」が頭皮に停滞すると頭皮がむくんだり、フケや皮脂の過剰分泌を引き起こしたりして、頭皮環境が悪化します。
また、余分な「水」は身体を冷やす要因にもなり、冷えはさらなる血行不良を招くため、薄毛の悪循環につながります。
漢方における薄毛のタイプ別診断(証)
漢方治療の最大の特徴は、同じ「薄毛」という症状でも、その人の体質や全身状態によって処方する薬が異なる点です。
漢方では独自の診断方法(四診)を用いて、その人の現在の状態を「証(しょう)」として判断し、適した漢方薬を選びます。
あなたの体質はどれ?漢方の「証」とは
「証」とは、漢方医学における「診断名」のようなものです。体力(虚実)や、身体のバランスの乱れ(気・血・水の異常)などを総合的に判断した、その人の「現在の体質」を示します。
漢方専門の医師や薬剤師は、「望診(顔色や舌の状態を見る)」「聞診(声の調子や匂いを聞く)」「問診(自覚症状や生活習慣を詳しく聞く)」「切診(脈やお腹の状態に触れる)」という四診(ししん)を用いて、その人の「証」を見極めます。
薄毛の治療においても、この「証」に合わせた漢方薬を選ぶことが重要です。
主な薄毛のタイプ(証)と特徴
| 証(タイプ) | 主な状態 | 見られやすい薄毛の特徴 |
|---|---|---|
| 気血両虚(きけつりょうきょ) | エネルギーと栄養の両方が不足 | びまん性(全体的)に髪が細く、少なくなる |
| 瘀血(おけつ) | 血流が滞っている | 頭皮が硬く、血色が悪く、抜け毛が多い |
| 腎虚(じんきょ) | 加齢や疲労で生命エネルギーが消耗 | 白髪を伴う抜け毛、髪のハリ・コシの低下 |
「気血両虚(きけつりょうきょ)」タイプの特徴
「気」(エネルギー)と「血」(栄養)の両方が不足している状態です。いわば、身体がエネルギー切れと栄養失調の両方を起こしているようなイメージです。
このタイプの方は、体力がなく疲れやすい、食欲不振、顔色が青白い、めまい、立ちくらみ、不眠といった症状を伴いやすいです。
髪全体に栄養が行き渡らないため、髪が細くパサつき、全体的にボリュームダウンする「びまん性脱毛」の傾向が見られます。産後や病後の体力低下時にも見られやすいタイプです。
「瘀血(おけつ)」タイプの特徴
「血」の巡りが悪く、身体のあちこちで滞っている状態を「瘀血」と呼びます。冷えやストレス、運動不足などが原因で起こりやすいです。
「瘀血」の方は、肩こりや頭痛(特に刺すような痛み)、生理痛が重い、生理不順、シミやクマができやすいといった特徴があります。
頭皮も「瘀血」の状態になると血行が悪化して硬くなり、毛根に十分な酸素や栄養が届かなくなります。その結果、髪が十分に育たずに抜け毛が増えると考えられます。
「腎虚(じんきょ)」タイプの特徴
漢方でいう「腎」は、西洋医学の腎臓とは異なり、生命エネルギーや成長・発育・生殖などを司る、非常に重要な臓器と考えられています。
「腎」のエネルギーは加齢とともに自然と衰えていきますが(これを「腎虚」と呼びます)、過労や睡眠不足、大きな病気によっても消耗します。
「腎」の衰えは、髪や骨、耳に現れやすいとされます。そのため「腎虚」になると薄毛や白髪、髪のハリ・コシの低下や腰痛、耳鳴りや頻尿、足腰のだるさといった老化に関連する症状が出やすくなります。
更年期以降の女性の薄毛は、この「腎虚」がベースにある方が多いです。
女性の薄毛治療によく用いられる代表的な漢方薬
女性の薄毛治療には、その方の「証」に合わせて様々な漢方薬が用いられます。「気・血・水」のバランスを整え、頭皮や髪に栄養が行き渡るようにサポートします。
ここで紹介するのはあくまで一例であり、自己判断での服用は避け、必ず専門家に相談してください。
漢方薬はオーダーメイド
「薄毛にはこの漢方」という万能薬はありません。前述の通り、漢方治療は「証」に基づいたオーダーメイド治療が基本です。
同じ薄毛の悩みでも、「血虚」が主体なら「血」を補う漢方薬(補血薬)を、「気滞」が強ければ「気」を巡らせる漢方薬(理気薬)を、といった具合に使い分けます。
複数の要因が絡み合っている場合は、いくつかの漢方薬を組み合わせて処方するときもあります。
女性の薄毛に関連する主な漢方薬
| 漢方薬名 | 対応する主な「証」 | 期待される働き |
|---|---|---|
| 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) | 血虚、水滞 | 血を補い、巡りを良くし、冷えやむくみを改善 |
| 加味逍遙散(かみしょうようさん) | 気滞、血虚 | 気の巡りを良くし、イライラや不安を鎮め、血を補う |
| 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん) | 瘀血 | 血の巡りを強力に改善し、滞りを解消する |
| 人参養栄湯(にんじんようえいとう) | 気血両虚 | 気と血の両方を強力に補い、体力を回復させる |
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
女性の様々な不調に幅広く用いられる漢方薬の一つです。特に、体力が中等度以下で、冷え症、貧血気味、むくみやすいといった「血虚」と「水滞」が同時に見られる方に適しています。
身体を温めながら「血」を補い、余分な「水」の排出を助け、全身の血行や水分代謝を改善します。その結果、頭皮にも栄養が届きやすくなり、抜け毛や髪のパサつきの改善が期待できます。
加味逍遙散(かみしょうようさん)
体力があまりなく、イライラしやすい、不安感が強い、不眠、肩こり、のぼせなど、精神的なストレス症状が強い方に用いられるケースが多い漢方薬です。
「気滞」を改善して「気」の巡りをスムーズにし、精神を安定させる働きがあります。
同時に「血」を補う作用もあるため、ストレスが原因で血行が悪くなり、頭皮環境が乱れているタイプの薄毛に効果が期待されます。更年期障害に伴う精神症状や薄毛にもよく使われます。
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
比較的体力があり、のぼせやすく足は冷える(冷えのぼせ)、生理痛が重い、肩こりがひどいなど、「瘀血(血の滞り)」の症状が顕著な方に適しています。
滞った「血」の流れを強力に改善する働きがあります。頭皮の血行不良(瘀血)が原因で、毛根への栄養供給が妨げられていると考えられるタイプの薄毛に用いられます。
人参養栄湯(にんじんようえいとう)
病後や産後、あるいは加齢により、「気」と「血」が著しく消耗している「気血両虚」の状態に用いられます。
食欲不振や極度の疲労倦怠感、寝汗や貧血、手足の冷えなどを伴う場合に適しており、身体の根本的なエネルギーと栄養を補って体力を回復させます。
体力が回復すると、髪を養う力も徐々に取り戻していくでしょう。
漢方治療のメリットと知っておきたいこと
漢方治療は、西洋医学とは異なる働きかけで薄毛の改善を目指します。その特性への理解は、治療を続ける上で重要です。
身体の内側からじっくりと取り組む漢方治療には、多くのメリットがある一方で、知っておくべき点もあります。
身体全体のバランスを整える
漢方治療の最大のメリットは、薄毛という局所的な問題だけでなく、その背景にある身体全体の不調和を整える点にあります。
漢方薬は、身体が本来持つバランスを取り戻すように働きかけます。その結果、髪が育ちやすい「土壌」である身体全体が健康な状態に近づいていきます。
薄毛以外の不調改善も期待できる
薄毛の原因となっている体質の乱れ(例えば「血虚」や「気滞」)を改善するため、薄毛以外の悩みも同時に改善することが期待できます。
漢方治療で改善が期待できる随伴症状
- 冷え性、むくみ
- 肩こり、頭痛
- 生理不順、生理痛
- イライラ、不眠、気分の落ち込み
- 疲労倦怠感、食欲不振
これらの症状が改善していくことは、身体が本来のバランスを取り戻しつつあるサインであり、結果として頭皮環境や髪の状態にも良い影響を与えていきます。
効果実感までの期間
漢方治療は、体質そのものを時間をかけて改善していく取り組みです。そのため、西洋医学の治療のように、すぐに劇的な効果が現れるケースは稀です。
効果を実感するまでの期間は、その人の体質、症状の重さ、生活習慣などによって大きく異なります。
一般的には、まず2〜3ヶ月間、処方された漢方薬をきちんと服用してみることが推奨されます。
この期間で、薄毛の改善まで至らなくとも、前述したような冷えや肩こり、便通や睡眠の質など、何かしらの体調の変化を感じられる方が多いです。
そうした小さな変化が、体質改善が進んでいる証拠となります。
漢方薬の副作用について
「漢方薬は天然由来だから副作用がない」と誤解されるときがありますが、これは正しくありません。漢方薬も「薬」である以上、体質に合わなければ副作用が起こる可能性はあります。
例えば、食欲不振や胃のもたれ、下痢、発疹やかゆみなどが出る場合があります。
また、特定の漢方薬(甘草を含むものなど)を長期に服用すると、偽アルドステロン症(むくみ、血圧上昇など)を引き起こす可能性もゼロではありません。
だからこそ、自己判断で漢方薬を選ぶのではなく、漢方の専門知識を持つ医師や薬剤師に「証」を正しく診断してもらい、処方してもらうことが何よりも重要です。
服用中にいつもと違う不調を感じたら、すぐに専門家に相談してください。
漢方の効果を高めるためのセルフケア
漢方薬を服用するだけでなく、日々の生活習慣の見直しは、体質改善のスピードを上げ、漢方の効果を最大限に引き出すためにとても大切です。
「気・血・水」のバランスを整える生活を意識すると、健やかな髪へ近づきやすいです。
食生活の見直し「髪は血の余り」
漢方では「髪は血の余り」と言われます。「血」を充実させることが、美しい髪を育む基本です。まずは、「血」の材料となるタンパク質や鉄分をしっかり摂る習慣が重要です。
また、身体を冷やす食べ物(冷たい飲み物、生野菜、甘いものなど)の摂り過ぎは、「気」の巡りを悪くし、「水」を停滞させ、「血」の生成を妨げる原因となります。
なるべく火を通した温かい食事を心がけ、胃腸に負担をかけないようにしましょう。
髪の健康のために意識したい食材
| タイプ | 漢方的な働き | 食材の例 |
|---|---|---|
| 血を補う | 血虚の改善 | レバー、赤身肉、ほうれん草、黒ごま、なつめ |
| 腎を補う | 腎虚の改善(老化防止) | 黒豆、黒きくらげ、山芋、くるみ、エビ |
| 気を巡らせる | 気滞の改善(ストレス) | 香味野菜(シソ、ネギ)、柑橘類、セロリ |
質の良い睡眠の重要性
髪の毛は、私たちが寝ている間に成長します。特に、成長ホルモンが多く分泌される夜10時から深夜2時の「ゴールデンタイム」を含む、質の良い睡眠の確保は髪の再生と修復に重要です。
漢方的にも、夜は「陰」の時間であり、「血」を養い、「腎」を休ませる大切な時間です。睡眠不足は「血」を消耗させ、「腎」を疲れさせる大きな要因となります。
寝る前のスマートフォンの使用を控える、リラックスできる環境を整えるなど、睡眠の質を高める工夫をしましょう。
ストレス管理とリラックス法
過度なストレスが「気」の巡りを滞らせ、頭皮の血行不良を引き起こすことは既に述べました。ストレスをゼロにするのは難しくても、溜め込まずに上手に発散する方法を見つけましょう。
漢方では、香りの良いもの(アロマやお茶)は「気」を巡らせるのに役立つと考えます。
ゆっくりと深呼吸をする、好きな音楽を聴く、ぬるめのお風呂に浸かるなど、自分が心からリラックスできる時間を持つように意識してください。
適度な運動で「気」を巡らせる
じっと動かないでいると、「気」も「血」も「水」も滞ってしまいます。
ウォーキングやストレッチ、ヨガなど、激しすぎない適度な運動は、全身の「気」と「血」の巡りを良くし、ストレス発散にもつながります。
特に、デスクワークで同じ姿勢が続く時間が多い方は、意識的に身体を動かし、血流が滞るのを防ぎましょう。運動によって軽く汗をかくと、「水」の代謝を促すことにも役立ちます。
漢方治療を始める前に考えるべきこと
女性の薄毛に対して、漢方治療は体質から改善する有効な選択肢の一つです。
しかし、治療を始める前には、漢方治療の特性を理解して信頼できる専門家を見つけましょう。自分に合った治療法かを見極めるために、いくつか考えておくべき点があります。
漢方専門の医師や薬剤師の選び方
漢方治療の成果は、いかに自分の「証」に合った漢方薬を選んでもらえるかにかかっています。そのため、専門家選びは非常に重要です。
漢方外来を設けている皮膚科や婦人科の医師、あるいは「日本東洋医学会認定漢方専門医」の資格を持つ医師を探すのが一つの方法です。
また、漢方薬局や調剤薬局でも、漢方の知識が豊富な薬剤師(「漢方薬・生薬認定薬剤師」など)に相談できます。
大切なのは、単に症状を伝えて薬をもらうだけでなく、ご自身の体質や生活習慣について親身に話を聞き、時間をかけて診察(相談)してくれる専門家を見つけることです。
問診(四診)では何を伝えるべきか
漢方の問診では、薄毛の悩み以外にも、一見関係なさそうなことをたくさん質問されます。これは、全身の状態からあなたの「証」を見極めるために必要な情報だからです。
正確な「証」を判断してもらうために、ご自身の体調や生活習慣についてできるだけ詳しく、ありのままを伝えると良いです。
漢方相談で伝えると良い情報
- 薄毛や抜け毛が気になり始めた時期、きっかけ
- 冷え、暑がりなどの体感温度
- 食欲、食事の内容、便通の状態
- 睡眠の質、夢をよく見るか
- 生理周期、経血の状態、生理痛の有無
- ストレスの状況、イライラしやすいかなど
治療のゴール設定
漢方治療は、体質の根本改善を目指すため、ある程度の期間が必要です。どのくらいの状態まで改善したいのか、現実的なゴールを専門家と共有しておくことも大切です。
例えば、「まずは抜け毛を減らしたい」「髪にハリやコシを取り戻したい」「冷えや生理痛も一緒に改善したい」など、ご自身の希望を具体的に伝えましょう。
また、漢方治療だけに頼るのではなく、前述したセルフケア(食事、睡眠、運動)も同時に行うと、治療効果は格段に高まります。
専門家のアドバイスを受けながら、二人三脚で体質改善に取り組む姿勢が、薄毛の悩みからの解放につながります。
女性の薄毛と漢方治療に関するQ&A
さいごに、女性の薄毛と漢方治療に関して、多くの方が疑問に思う点についてお答えします。漢方治療を始める前の参考にしてください。
- 漢方薬はどれくらいで効果が出ますか?
-
効果を実感するまでの期間には個人差が非常に大きいです。
体質や症状の重さ、生活習慣によって異なりますが、まずは体調の変化(冷えがましになった、疲れにくくなった、寝付きが良くなったなど)が先に現れる方が多いです。
髪の変化を感じるには、一般的に最低でも3ヶ月から6ヶ月程度の継続が必要とされます。体質改善は一朝一夕にはいかないため、焦らずじっくり取り組みましょう。
- 漢方薬は市販薬でも良いですか?
-
ドラッグストアなどで市販されている漢方薬もありますが、漢方治療の基本は、専門家が「証」を見極めて処方する「オーダーメイド」です。
市販薬は、多くの人に当てはまるように作られているため、ご自身の「証」と正確に合致していない可能性があります。
合わない漢方薬を飲み続けると、効果が出ないばかりか、体調を崩す原因にもなりかねません。遠回りに見えても、最初は漢方の専門家に相談するのがおすすめです。
- 妊娠中や授乳中でも漢方薬を飲めますか?
-
妊娠中や授乳中は、お母さんと赤ちゃんの両方にとって非常にデリケートな時期です。
漢方薬の中には、妊娠中に使用を避けるべきもの(例えば、血流を良くしすぎるものや、子宮を収縮させる可能性があるもの)も存在します。
一方で、妊娠中のつわりや便秘、産後の体力回復などに漢方薬が処方されるときもあります。自己判断は絶対にせず、必ず産婦人科の主治医や漢方の専門家に相談してください。
- どの漢方薬が自分に合うか分かりません
-
ご自身で判断する必要はありませんし、判断するべきでもありません。それが漢方専門の医師や薬剤師の役割です。
大切なのは、ご自身の現在の体調や悩みを、できるだけ正確に専門家に伝えることです。
専門家は、その情報(問診)と、舌や脈、お腹の状態(望診、切診など)から、あなたの「証」を見極め、数多くある漢方薬の中から、今あなたに最も合うと判断される一処方を選び出します。
参考文献
YOU, Qiang, et al. Meta‐analysis on the efficacy and safety of traditional Chinese medicine as adjuvant therapy for refractory androgenetic alopecia. Evidence‐Based Complementary and Alternative Medicine, 2019, 2019.1: 9274148.
HERMAN, Anna; HERMAN, Andrzej P. Topically used herbal products for the treatment of hair loss: preclinical and clinical studies. Archives of dermatological research, 2017, 309.8: 595-610.
LEE, Chien-Ying, et al. Hair growth effect of traditional Chinese medicine BeauTop on androgenetic alopecia patients: a randomized double-blind placebo-controlled clinical trial. Experimental and Therapeutic Medicine, 2017, 13.1: 194-202.
LIANG, Yanbo, et al. Traditional Chinese medicine treatment for androgenetic alopecia based on animal experiments: A systematic review and meta‐analysis. Evidence‐Based Complementary and Alternative Medicine, 2022, 2022.1: 2588608.
ALLAM, Anood T., et al. Pathophysiology, conventional treatments, and evidence-based herbal remedies of hair loss with a systematic review of controlled clinical trials. Naunyn-Schmiedeberg’s Archives of Pharmacology, 2025, 1-44.
LEEM, Jungtae, et al. Exploring the combination and modular characteristics of herbs for alopecia treatment in traditional Chinese medicine: an association rule mining and network analysis study. BMC complementary and alternative medicine, 2018, 18.1: 204.
QI, Si-Si, et al. The clinical efficacy and safety of oral compound glycyrrhizin in adult patients with mild-to-moderate active alopecia areata: A randomized controlled study. European Journal of Integrative Medicine, 2019, 32: 100975.
YARDIMCI, Gurkan. Alternative medicine for hair loss. Hair and Scalp Disorders, 2017, 347.

