頭皮のべたつき、フケ、かゆみ、そしてそれに伴う抜け毛。これらの症状に悩む女性は少なくありません。それは「脂漏性脱毛症」のサインかもしれません。
この脱毛症は、単なる髪の問題ではなく、頭皮環境の乱れが根本にあります。
この記事では、なぜ脂漏性脱毛症が起こるのか、その詳細な原因と、クリニックで行う専門的な検査内容について、女性の視点から分かりやすく解説します。
脂漏性脱毛症の根本原因 – なぜ皮脂の過剰分泌が起こるのか
脂漏性脱毛症の出発点は、皮脂の過剰分泌です。頭皮の健康は、適度な皮脂によって守られますが、このバランスが崩れると一連のトラブルが始まります。
皮脂が必要以上に分泌されることで、頭皮は常に湿った状態になり、特定の常在菌が異常に増殖する格好の環境が生まれます。これが、脱毛へとつながる最初の引き金です。
皮脂とマラセチア菌の悪循環
私たちの頭皮には、もともとマラセチア菌という常在菌が存在します。通常は無害なこの菌ですが、過剰な皮脂を栄養源として異常に増殖します。
増えすぎたマラセチア菌は、皮脂を分解する過程で頭皮に刺激を与える物質を放出し、これが炎症を引き起こします。この炎症が、フケやかゆみといった不快な症状の直接的な原因となります。
皮脂と常在菌が作る負のサイクル
要因 | 作用 | 頭皮への結果 |
---|---|---|
過剰な皮脂 | マラセチア菌の栄養源となる | 菌の異常増殖を招く |
マラセチア菌の増殖 | 皮脂を分解し刺激物質を生成する | 頭皮の炎症、フケ、かゆみを引き起こす |
頭皮の炎症 | 毛根にダメージを与え、ヘアサイクルを乱す | 抜け毛(脂漏性脱毛症)につながる |
ホルモンバランスの乱れが引き起こす皮脂腺の異常
特に女性にとって、ホルモンバランスの変動は心身に大きな影響を与えますが、それは頭皮も例外ではありません。
ホルモンは皮脂腺の活動を直接コントロールする司令塔の役割を担っており、そのバランスが乱れると皮脂の分泌量が大きく変化します。
この内部からの影響が、脂漏性脱毛症の大きな原因の一つと考えられます。
女性ホルモンのゆらぎと皮脂
月経周期、妊娠、出産、更年期といったライフステージの変化は、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の分泌量に大きな波をもたらします。
特に、排卵後から月経前にかけて優位になるプロゲステロンには、皮脂の分泌を促進する働きがあります。このため、月経前になると頭皮がべたついたり、ニキビができやすくなったりするのです。
男性ホルモンの影響
女性の体内にも、男性ホルモン(アンドロゲン)は少量ながら存在します。この男性ホルモンは皮脂腺を強力に刺激し、皮脂の分泌を増やす作用を持ちます。
ストレスや体質の変化によって男性ホルモンの影響が相対的に強まると、皮脂の分泌が過剰になり、脂漏性皮膚炎のリスクが高まります。
ホルモン変動が皮脂に与える影響
時期・要因 | ホルモンの変化 | 皮脂への主な影響 |
---|---|---|
月経前(黄体期) | プロゲステロンが優位になる | 皮脂の分泌が促進される |
更年期 | エストロゲンが減少し、相対的にアンドロゲンの影響が強まる | 皮脂の質が変化し、分泌が増加することがある |
慢性的なストレス | コルチゾール(ストレスホルモン)が増加する | アンドロゲンの分泌を促し、皮脂腺を刺激する |
生活習慣と環境要因 – 現代女性が抱える隠れたリスク
ホルモンバランスだけでなく、日々の生活習慣も頭皮環境を左右する重要な要素です。
忙しい毎日の中で見過ごしがちな食生活の乱れや睡眠不足、間違ったヘアケアは、気づかないうちに皮脂の過剰分泌を助長し、脂漏性脱毛症の引き金となっていることがあります。
食生活の乱れと皮脂への影響
脂っこい食事や糖質の多いスイーツ、ジャンクフードの過剰摂取は、皮脂の分泌を直接的に促進します。
これらの食品は、皮脂の原料となる中性脂肪を増やすだけでなく、皮脂の分泌をコントロールするビタミンB群を大量に消費します。
特にビタミンB2やB6は、脂質代謝に欠かせない栄養素であり、不足すると皮脂の分泌調整がうまくいかなくなります。
頭皮環境に影響する食生活
避けるべき食事傾向 | 頭皮への影響 | 積極的に摂りたい栄養素 |
---|---|---|
高脂肪・高糖質食 | 皮脂の過剰分泌を招く | ビタミンB群(レバー、青魚、納豆) |
香辛料の多い食事 | 皮脂腺を刺激することがある | ビタミンC、E(野菜、果物、ナッツ類) |
インスタント食品 | 栄養バランスが偏り、ビタミン不足になりやすい | 亜鉛(牡蠣、肉類、大豆製品) |
不適切なシャンプー選びと洗髪習慣
頭皮のべたつきが気になると、洗浄力の強いシャンプーでゴシゴシと頻繁に洗いたくなるかもしれません。しかし、これは逆効果です。
必要な皮脂まで洗い流してしまうと、頭皮は乾燥から自らを守ろうとして、かえって皮脂を過剰に分泌させてしまいます。
逆に、洗浄が不十分で皮脂や汚れが残っていると、それが毛穴を塞ぎ、マラセチア菌の温床となります。ご自身の頭皮に合ったシャンプーを選び、優しく丁寧に洗う習慣が大切です。
遺伝的要因と体質 – 家族歴から読み解く発症傾向
生活習慣やホルモンバランスに気をつけていても、脂漏性脱毛症になりやすい方がいます。これには、生まれ持った遺伝的な要因や体質が関わっている可能性があります。
ご家族に同じような悩みを持つ方がいる場合、それはあなたの体質を理解する一つの手がかりになるかもしれません。
皮脂腺の活動性と遺伝
皮脂腺の大きさや活動のしやすさ、つまり「皮脂の出やすさ」は、遺伝によってある程度決まります。
もともと皮脂腺が大きく活発な体質の方は、そうでない方に比べて皮脂が過剰になりやすく、脂漏性皮膚炎を発症する素地を持っていると考えられます。
肌質と脂漏性皮膚炎
顔の肌質がオイリー肌であるように、頭皮にもタイプがあります。遺伝的に脂性の肌質を持つ方は、頭皮も同様に皮脂分泌が活発な傾向にあります。
このような体質は、脂漏性皮膚炎を発症しやすい要因の一つです。
遺伝的背景とAGAの関連性
脂漏性脱毛症と、男性ホルモンの影響で起こる男性型脱毛症(AGA)は、異なる脱毛症です。しかし、ホルモンに対する感受性が高いという遺伝的素因が、両方の発症に関わることがあります。
そのため、両者を併発するケースも少なくなく、正確な診断のためには専門的な検査が重要になります。
遺伝的リスクのセルフチェック
確認する項目 | チェックする内容 | 考えられる傾向 |
---|---|---|
家族歴 | 両親や兄弟姉妹に、フケやかゆみ、若年からの薄毛に悩む人はいるか | 脂漏性皮膚炎やAGAになりやすい体質を受け継いでいる可能性がある |
自身の肌質 | 顔(特にTゾーン)が常にべたつきやすいか | 頭皮も脂性肌である可能性が高い |
皮膚科での基本検査 – 頭皮と毛髪の状態を正確に把握する方法
自己判断でケアを続けることは、症状を悪化させるリスクを伴います。正確な原因を特定し、適切な治療を始めるためには、皮膚科や専門クリニックでの検査が第一歩です。
医師はまず、基本的な診察を通してあなたの頭皮と毛髪の状態を客観的に評価します。
視診と触診
診察では、医師が直接あなたの頭皮の状態を目で見て、手で触れて確認します。
頭皮の赤み、湿ったフケの付着具合、炎症の範囲、毛穴の状態などを詳細に観察し、脂漏性皮膚炎に特徴的な所見があるかどうかを判断します。
マイクロスコープによる頭皮拡大検査
専用のマイクロスコープを使って頭皮を数十倍から数百倍に拡大し、肉眼では見えない部分まで詳しく観察します。
この検査により、毛穴に詰まった皮脂の酸化状態、毛根周辺の炎症、血管の拡張具合、1つの毛穴から生えている毛髪の本数などを正確に把握できます。
これにより、脱毛の進行度や頭皮の健康状態を客観的に評価します。
マイクロスコープでわかる頭皮の状態
- 毛穴の皮脂詰まり
- 頭皮の炎症(赤み)
- 乾燥または過剰な皮脂
- 毛髪の太さの変化
血液検査によるホルモン値の測定
頭皮の外側からの観察に加え、体の内側から原因を探るために血液検査を行います。特に、ホルモンバランスの乱れや栄養状態は、血液データに客観的な数値として現れます。
これにより、推測ではなく事実に基づいた原因究明が可能になります。
ホルモンバランスの異常を数値で確認
血液検査では、男性ホルモン(テストステロン)、女性ホルモン(エストラジオール)、甲状腺ホルモンなどの値を測定します。
これらの数値が基準値から外れていないかを確認し、ホルモンバランスの乱れが皮脂の過剰分泌や抜け毛に影響していないかを評価します。
特に多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)など、婦人科系の疾患が隠れている可能性も探ります。
栄養状態のチェック
健康な髪と頭皮を維持するためには、バランスの取れた栄養が欠かせません。
血液検査では、皮脂の代謝に関わるビタミンB群や亜鉛、髪の主成分であるタンパク質の状態を示す総蛋白やアルブミン、鉄分(フェリチン)などの数値をチェックします。
栄養不足が確認された場合、食事指導やサプリメントの提案を行い、治療をサポートします。
血液検査で確認する主な項目
検査項目 | わかること | 頭皮との関連 |
---|---|---|
ホルモン値 | 男性・女性ホルモン、甲状腺ホルモンのバランス | ホルモンバランスの乱れによる皮脂分泌異常や脱毛の可能性 |
ビタミン・ミネラル | ビタミンB群、亜鉛、鉄分などの過不足 | 皮脂代謝や毛髪の成長に必要な栄養素の欠乏 |
遺伝子検査 – 脂漏性脱毛症の体質的リスクを科学的に分析
近年、遺伝子情報を活用して個人の体質をより深く理解し、治療に役立てるアプローチが注目されています。
遺伝子検査は、あなたが生まれ持った脂漏性脱毛症や、その他の脱毛症に対するリスクを科学的に分析するための有効な手段です。
ANDROGEN RECEPTOR (AR) 遺伝子検査
この検査は、男性ホルモン受容体の感受性を調べるもので、主にAGAのリスク判定に用いられます。
しかし、男性ホルモンは皮脂分泌にも深く関わるため、この受容体の感受性が高い体質かどうかを知ることは、脂漏性脱毛症の原因を探る上でも重要な情報となります。
感受性が高い場合、ホルモンバランスのわずかな乱れでも皮脂が過剰になりやすい体質であると推測できます。
治療方針決定への貢献
遺伝子検査の最大のメリットは、治療の精度を高められる点にあります。例えば、特定の治療薬に対する感受性(効きやすさ)を予測することが可能です。
治療前に遺伝子検査を行うことで、あなたにとって効果が出やすい治療法を選択できる確率が高まります。これにより、遠回りをせず、治るまでの道のりを短縮できる可能性があります。
これは、時間的にも精神的にも、患者様の負担を軽減することにつながります。
遺伝子検査がもたらすメリット
メリット | 具体的な内容 |
---|---|
体質的リスクの把握 | 脂漏性脱毛症やAGAに対する遺伝的ななりやすさを客観的に知る |
治療の個別化 | 薬の感受性を予測し、より効果的な治療法を選択する手助けとなる |
脂漏性脱毛症の診断に必要な専門的検査項目
基本的な診察や検査で診断が難しい場合や、他の皮膚疾患との鑑別が必要な場合には、より詳細な専門的検査を行います。
これらの検査を組み合わせることで、診断の精度を最大限に高め、確実な治療へとつなげます。
ダーモスコピー検査
ダーモスコピーは、特殊な拡大鏡と偏光フィルターを用いて、皮膚の表面だけでなく、表皮から真皮浅層の状態までを詳細に観察する検査法です。
マイクロスコープ検査よりもさらに詳しく、毛穴の形状、微細な血管のパターン、色素沈着などを評価でき、炎症の質や慢性度を判断するのに役立ちます。
真菌検査(顕微鏡検査)
脂漏性皮膚炎の原因であるマラセチア菌の異常増殖を直接確認するために行います。フケや頭皮の一部を採取し、顕微鏡で菌の量を観察します。
これにより、抗真菌薬による治療が有効かどうかを判断する重要な手がかりを得ます。
診断を確定するための専門検査
- ダーモスコピー検査
- 真菌検査(直接鏡検法)
- 皮膚生検(必要な場合)
検査結果の読み方 – 数値が示すあなたの頭皮の真実
クリニックで様々な検査を受けると、多くの専門用語や数値が記載された結果レポートが渡されます。
それらのデータが一体何を示しているのかを正しく理解することは、ご自身の状態を受け入れ、前向きに治療に取り組む上で非常に重要です。
医師と共に結果を確認し、疑問点は遠慮なく質問しましょう。
ホルモン値の基準範囲と個人の状態
血液検査の結果には、各項目に「基準値」が示されています。しかし、数値が基準値の範囲内にあっても、その人にとってはバランスが崩れている場合があります。
例えば、エストロゲンとアンドロゲンの比率が重要であったり、症状と照らし合わせることで初めて意味を持つ数値もあります。
医師は、基準値だけでなく、あなたの年齢や症状、他の検査結果と合わせて総合的に評価します。
総合的な診断の重要性
脂漏性脱毛症の診断は、パズルのピースを組み合わせるようなものです。
マイクロスコープで見た頭皮の状態、血液検査の数値、遺伝子情報、そして何よりもあなたの自覚症状や生活習慣といった、すべての情報を統合して初めて、根本原因に迫ることができます。
一つの検査結果だけで一喜一憂せず、全体像を捉えることが大切です。
検査結果の解釈例
検査結果の例 | 考えられる解釈 | 医師との次のステップ |
---|---|---|
マイクロスコープで毛穴詰まりと赤みが強い | 皮脂分泌が過剰で、強い炎症が起きている状態 | まず炎症を抑える外用薬と、適切なシャンプーの指導 |
血液検査で亜鉛とビタミンB群が不足 | 食生活の偏りが皮脂代謝の低下を招いている可能性 | 食事内容の見直しと、必要に応じたサプリメントの検討 |
ホルモン値でアンドロゲンがやや高め | ホルモンバランスの乱れが皮脂腺を刺激している可能性 | ホルモンバランスを整える生活習慣の指導や、低用量ピルなどの検討 |
よくある質問
この記事では原因と検査に焦点を当てましたが、具体的な治療法や日々の予防策について知りたい方は、こちらの「脂漏性脱毛症の治療と予防 」も併せてご覧ください。
専門医による治療計画や、再発を防ぐためのセルフケアについて詳しく解説しています。
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