最近、抜け毛が増えてきた、髪全体のボリュームが減ってきたと感じていませんか。特に女性にとって、髪の変化は深い悩みにつながります。
その抜け毛の背景には、実は「慢性甲状腺炎(橋本病)」が隠れている可能性があります。
この記事では、甲状腺の不調によって起こる脱毛の治療法と、健やかな髪を維持するための予防策に特化して、専門的な観点から詳しく解説します。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
慢性甲状腺炎に伴う脱毛症に対する外用薬治療
慢性甲状腺炎(橋本病)による脱毛症の治療は、まず根本原因である甲状腺機能の正常化が基本です。
しかし、ホルモンバランスが整う過程や、より積極的な発毛のサポートとして、外用薬を用いた治療を組み合わせることが有効な場合があります。
外用薬は頭皮に直接作用し、毛根の活動を助けることで、発毛環境の改善を後押しします。
ただし、これらの治療は自己判断で始めるのではなく、必ず皮膚科の専門医の診断のもとで、ご自身の状態に合ったものを選択することが重要です。
外用薬の選択肢とその役割
甲状腺機能低下症に伴う脱毛、特に頭部全体の髪が薄くなる「びまん性脱毛症」に対して、皮膚科ではいくつかの外用薬を提案します。
これらは甲状腺ホルモンそのものを補うものではありませんが、頭皮の血行を促進したり、毛母細胞に働きかけたりすることで、ホルモン補充療法の効果を補強する役割を果たします。
特に女性の薄毛治療で実績のある成分は、心強い選択肢の一つとなります。
ミノキシジル配合外用薬
ミノキシジルは、もともと血圧を下げる薬として開発されましたが、その過程で発毛効果が発見され、現在は脱毛症治療の標準的な外用薬として広く使用されています。
毛包に直接作用して成長期を延長し、休止期から成長期への移行を促す効果が期待できます。女性の場合、男性とは異なる濃度の製品を用いることが一般的です。
甲状腺機能の治療でホルモン値が安定した後も、髪のボリューム回復が十分でない場合に、併発している女性型脱毛症(FAGA)の治療として皮膚科医が推奨することがあります。
塩化カルプロニウム配合外用薬
塩化カルプロニウムは、頭皮の血管を拡張させて血流を増加させる作用を持つ成分です。毛根に栄養や酸素が届きやすくなることで、毛母細胞の働きを活発にし、発毛を促進します。
びまん性脱毛症の改善を目的として処方されることがあります。ミノキシジルとは異なる作用を持つため、医師が患者さんの状態に応じて使い分けたり、併用を検討したりします。
外用薬治療における注意点
外用薬治療を始める際は、いくつかの点を理解しておく必要があります。まず、効果を実感するまでには最低でも3ヶ月から6ヶ月程度の継続使用が必要です。
毛髪のサイクルを考えると、即効性を期待するのは難しいのです。また、使用を中止すると再び脱毛が進行する可能性があるため、長期的な視点で治療に取り組むことが大切です。
副作用として、頭皮のかゆみやかぶれなどが現れることもあります。異常を感じた場合は、すぐに使用を中止し、処方した医師に相談してください。
外用薬の役割と位置づけ
外用薬成分 | 主な作用 | 推奨されるケース |
---|---|---|
ミノキシジル | 毛包に直接作用し、毛髪の成長期を延長する | ホルモン値正常化後も改善しない薄毛、FAGAの併発が疑われる場合 |
塩化カルプロニウム | 頭皮の血管を拡張し、血行を促進する | びまん性脱毛症における血行不良の改善 |
その他保湿成分など | 頭皮環境を整え、乾燥やかゆみを防ぐ | 乾燥や炎症を伴う頭皮のコンディション改善 |
育毛剤とヘアトニックの効果的な使い方
ドラッグストアなどで手軽に購入できる育毛剤やヘアトニックは、外用薬治療と混同されがちですが、その目的や位置づけは異なります。
これらは主に医薬部外品や化粧品に分類され、治療というよりは「頭皮環境の改善」や「抜け毛の予防」を目的とします。
慢性甲状腺炎による脱毛の根本治療にはなりませんが、日々のセルフケアとして正しく活用することで、健やかな髪を育む土台作りをサポートします。
育毛剤とヘアトニックの違いを理解する
効果的な使い方を知る前に、まず両者の違いを明確に理解しましょう。
育毛剤(医薬部外品)は、脱毛の予防や育毛・発毛促進に有効な成分が一定濃度で配合されており、その効果・効能を訴求することが認められています。
一方、ヘアトニック(化粧品)は、頭皮に清涼感を与えたり、フケやかゆみを抑えたり、保湿したりと、頭皮のコンディションを整えることに主眼を置いています。
育毛剤とヘアトニックの分類
分類 | 主な目的 | 期待できる効果 |
---|---|---|
育毛剤(医薬部外品) | 抜け毛の予防、育毛促進 | 血行促進、毛母細胞の活性化、抗炎症作用など |
ヘアトニック(化粧品) | 頭皮の清浄、保湿、清涼感 | フケ・かゆみの防止、頭皮のコンディション維持 |
効果を高めるための正しい使用法
どちらを使用する場合でも、その効果を最大限に引き出すためには、正しい使い方が重要です。以下のポイントを意識して、毎日のケアに取り入れましょう。
清潔な頭皮に使用する
シャンプー後、髪をタオルドライして頭皮が清潔な状態で使用するのが基本です。皮脂や汚れが毛穴に詰まっていると、有効成分が浸透しにくくなります。
ただし、髪が濡れすぎていると成分が薄まってしまうため、ドライヤーで頭皮をある程度乾かしてから塗布するのが良いでしょう。
適量を守り、頭皮全体に塗布する
一度にたくさん使っても効果が高まるわけではありません。
製品に記載されている使用量を守りましょう。気になる部分だけでなく、頭皮全体に行き渡るように、髪をかき分けながら直接頭皮に塗布します。
指の腹で優しくマッサージする
塗布後は、指の腹を使って頭皮を優しくマッサージします。爪を立てて頭皮を傷つけないように注意しながら、血行を促進するイメージで、下から上へともみほぐすように行うと効果的です。
このひと手間が、成分の浸透を助け、リラクゼーション効果にもつながります。
慢性甲状腺炎に伴う脱毛症の内服薬による治療アプローチ
慢性甲状腺炎(橋本病)が原因で起こる脱毛症に対して、最も重要で中心的な治療は内服薬によるアプローチです。
この場合の内服薬とは、単なる「発毛剤」ではなく、病気の根本である甲状腺機能の乱れを正常化するための薬を指します。
甲状腺機能が正常に戻ることではじめて、乱れた毛髪のサイクルも正常化に向かい、脱毛の改善が期待できます。
この治療は内分泌科などの専門医の管理のもと、定期的な血液検査を行いながら慎重に進める必要があります。
治療の主役 甲状腺ホルモン薬
甲状腺機能低下症と診断された場合、不足している甲状腺ホルモンを補うための治療を開始します。これが脱毛改善への最も確実な道筋です。
レボチロキシンナトリウム(商品名 チラーヂン)
この治療の主役となるのが、合成甲状腺ホルモン製剤である「レボチロキシンナトリウム(商品名:チラーヂン)」です。この薬を毎日服用することで、体内の甲状腺ホルモン濃度を正常範囲に保ちます。
これにより、低下していた全身の代謝が活発になり、その一環として毛母細胞の活動も正常化します。結果として、短くなっていた毛髪の成長期が本来の長さに戻り、抜け毛が減少して新しい髪が育ちやすくなるのです。
チラーヂンの服用量は、定期的な血液検査の結果を見ながら、医師が個々の患者さんに合わせて細かく調整します。
髪の成長をサポートする補助的な内服薬
甲状腺ホルモンの補充と並行して、髪の健康に欠かせない栄養素が不足している場合には、それを補うためのサプリメントや内服薬が処方されることがあります。
これらはあくまで補助的な役割ですが、治療効果を高める上で役立ちます。
亜鉛製剤
亜鉛は、髪の主成分であるケラチンを合成する際に重要な役割を果たすミネラルです。甲状腺疾患を持つ女性は亜鉛が不足しがちであることが知られており、亜鉛不足自体が脱毛の原因にもなります。
血液検査で亜鉛の欠乏が確認された場合、医師の判断で亜鉛製剤が処方されることがあります。
食事から意識的に摂取することも大切ですが、サプリメントを利用する際は過剰摂取を避けるためにも、必ず医師に相談しましょう。
鉄剤
特に月経のある女性に多い鉄欠乏性貧血も、びまん性脱毛症の一般的な原因です。甲状腺機能低下症の症状である倦怠感と貧血の症状は似ているため、見過ごされがちです。
血液検査で鉄分不足や貧血が明らかになった場合は、鉄剤の内服が必要となります。鉄分が満たされることで、頭皮への酸素供給が改善し、毛髪の健やかな成長をサポートします。
内服薬治療の要点
内服薬の種類 | 役割 | 注意点 |
---|---|---|
甲状腺ホルモン薬(チラーヂン) | 根本原因である甲状腺機能低下症の治療 | 医師の指示通りに毎日服用。自己判断での中断は禁物。 |
亜鉛製剤 | 髪の成分(ケラチン)の合成を助ける | 血液検査で不足を確認の上、医師の処方に従う。 |
鉄剤 | 貧血を改善し、頭皮への酸素供給を促す | 特に女性は不足しがち。胃腸症状などの副作用に注意。 |
甲状腺ホルモン補充療法の重要性
慢性甲状腺炎(橋本病)による脱毛に悩む方にとって、甲状腺ホルモン補充療法は、単なる選択肢の一つではなく、治療の根幹をなす最も重要な介入です。
この治療の目的は、病気の直接的な原因であるホルモン不足を解消し、全身の代謝機能を正常化することにあります。
毛髪の健康は全身の健康状態を反映する鏡であり、体の内側からコンディションを整えることが、脱毛改善への最短かつ最も確実な道なのです。
なぜホルモン補充が髪に効くのか
甲状腺ホルモンは、私たちの体の「元気の源」です。このホルモンが不足する甲状腺機能低下症では、全身の細胞の活動がスローダウンします。それは、髪の毛を作り出す毛母細胞も例外ではありません。
乱れたヘアサイクルを正常化する
髪には「成長期」「退行期」「休止期」というサイクルがあります。甲状腺ホルモンが不足すると、髪が活発に伸びる「成長期」が短くなり、多くの髪が本来よりも早く「休止期」に入ってしまいます。
その結果、成長途中の髪も含めて抜け毛が増え、頭部全体の髪が薄くなる「びまん性脱毛症」が引き起こされます。
甲状腺ホルモン薬(チラーヂン)を服用して体内のホルモンバランスを正常に保つことで、この乱れたヘアサイクルを本来の姿に戻し、抜け毛を減らして、髪がしっかりと成長するための土台を再構築します。
治療のタイムラインと心構え
ホルモン補充療法を開始するにあたり、現実的な回復の道のりを理解しておくことは、治療を続ける上で非常に重要です。
効果が現れるまでの期間
薬を飲み始めてすぐに髪が生えてくるわけではありません。
血液検査の数値が改善し、ホルモン値が安定してから、実際に髪質の変化や抜け毛の減少を実感するまでには、通常3ヶ月から半年、場合によっては1年ほどの時間がかかります。
これは、休止期に入ってしまった毛包が、再び成長期に戻って新しい髪を伸ばし始めるまでに時間が必要だからです。焦らず、根気強く治療を続けることが改善への鍵です。
治療における医療機関との連携
この治療は、内分泌を専門とする医師(内科や内分泌内科)の継続的な管理が必須です。
「何科を受診すれば?」と迷ったら、まずはかかりつけの内科医に相談するか、内分泌代謝科の専門医を探すのが良いでしょう。
定期的な血液検査でホルモン値をチェックし、その時々の状態に合わせて薬の量を微調整していくことで、安全かつ効果的な治療が可能になります。
ホルモン補充療法と毛髪改善の道のり
治療期間 | 体と髪の変化 |
---|---|
治療開始~1ヶ月 | 体のだるさなどの全身症状が改善し始める。抜け毛はまだ続くことがある。 |
1ヶ月~3ヶ月 | 血液検査の数値が安定してくる。抜け毛の減少を実感し始める人もいる。 |
3ヶ月~6ヶ月以降 | 新しい産毛の発生や、髪にコシやハリが出てくるなどの改善が見られ始める。 |
慢性甲状腺炎に伴う脱毛症のその他の治療選択肢
甲状腺ホルモン補充療法が治療の基本であることは揺るぎませんが、中にはホルモン値が正常化しても脱毛の改善が思わしくないケースや、異なるタイプの脱毛症を併発しているケースもあります。
橋本病は自己免疫疾患の一つであり、同じく自己免疫が関与する「円形脱毛症」を合併しやすいことが知られています。
このような場合、皮膚科専門医による診断のもと、追加の治療選択肢を検討する必要があります。
併発する脱毛症への専門的アプローチ
抜け毛のパターンが、全体的に薄くなる「びまん性」ではなく、コインのように局所的に抜ける場合は、円形脱毛症の可能性を考えます。
この場合、甲状腺機能低下症の治療とは別のアプローチが必要です。
円形脱毛症に対する治療
円形脱毛症は、免疫細胞が誤って自身の毛包を攻撃してしまうことで起こります。治療は、この異常な免疫反応を抑えることを目的とします。
- ステロイド局所注射 脱毛斑に直接ステロイドを注射し、局所の免疫反応を強力に抑制します。単発または数個の脱毛斑に有効な治療法です。
- ステロイド外用薬 脱毛斑にステロイドの塗り薬を塗布します。注射に比べて効果は緩やかですが、家庭で手軽に行える利点があります。
- 局所免疫療法 特殊な化学物質(SADBEやDPCP)を脱毛部に塗り、人工的に軽いかぶれを起こさせることで、毛包への攻撃に向かっていた免疫細胞の注意をそらし、発毛を促す治療法です。広範囲にわたる場合に選択されます。
先進的な治療法の可能性
近年、脱毛症治療の分野では新しい選択肢も登場しています。これらは全ての患者さんに適応となるわけではありませんが、既存の治療で効果が不十分な場合の選択肢として期待されます。
低出力レーザー治療(LLLT)
低出力の赤色光線を頭皮に照射することで、毛母細胞のミトコンドリアを活性化させ、発毛を促進すると考えられている治療法です。
血行促進効果も期待でき、甲状腺機能低下症によるびまん性脱毛や女性型脱毛症(FAGA)の補助療法として、一部のクリニックで導入されています。痛みや副作用がほとんどないのが特徴です。
脱毛タイプに応じた治療戦略
脱毛のタイプ | 主な原因 | 第一に相談すべき診療科 |
---|---|---|
びまん性脱毛症 | 甲状腺ホルモン不足による休止期脱毛 | 内分泌科 |
円形脱毛症 | 毛包への自己免疫攻撃 | 皮膚科 |
女性型脱毛症(FAGA) | ホルモンバランスの変化と遺伝的要因 | 皮膚科・専門クリニック |
頭皮マッサージと物理療法の活用
薬による内側からの治療と並行して、外側からのアプローチとして頭皮マッサージや物理療法を取り入れることは、頭皮環境を改善し、発毛をサポートする上で有効です。
これらのケアは、リラクゼーション効果によるストレス軽減にもつながり、心身の両面から治療を後押しします。
ただし、これらはあくまで補助的な手段であり、根本治療に代わるものではないことを理解しておくことが大切です。
血行を促進するセルフマッサージ
硬くなった頭皮は血行不良のサインです。血流が滞ると、髪の成長に必要な栄養素が毛根まで届きにくくなります。毎日の習慣としてセルフマッサージを取り入れ、しなやかで健康な頭皮を目指しましょう。
自宅でできる簡単頭皮マッサージ法
シャンプー時や育毛剤を塗布した後など、リラックスした状態で行うのがおすすめです。
- 両手の指の腹を使い、側頭部から頭頂部に向かって、円を描くように優しく揉みほぐします。
- 後頭部の生え際(首の付け根あたり)から頭頂部に向かっても同様に行います。
- 最後に、頭皮全体を指の腹で軽くタッピングして刺激を与えます。
強い力でゴシゴシこすると、かえって頭皮を傷つけたり、抜け毛を増やしたりする原因になるため、あくまで「気持ち良い」と感じる力加減で行いましょう。
栄養療法による髪質改善
健やかな髪は、バランスの取れた食事から作られます。特に慢性甲状腺炎(橋本病)をお持ちの方は、特定の栄養素の摂取に注意が必要です。
ホルモン治療の効果を最大限に引き出し、髪質そのものを改善するためには、日々の食生活を見直すことが重要です。体の中から髪の材料を補給し、強く美しい髪を育てましょう。
髪の成長に必須の栄養素
美しい髪を育むためには、タンパク質、ビタミン、ミネラルがバランス良く必要です。特に意識して摂取したい栄養素をいくつか紹介します。
タンパク質 ケラチンの源
髪の約90%は「ケラチン」というタンパク質でできています。そのため、良質なタンパク質の摂取は、丈夫な髪を作るための基本中の基本です。
肉、魚、卵、大豆製品、乳製品などを毎日の食事にバランス良く取り入れましょう。
亜鉛 髪の合成を助けるミネラル
亜鉛は、タンパク質をケラチンに再合成する過程で重要な役割を果たします。甲状腺機能低下症の女性は亜鉛が欠乏しやすい傾向があるため、特に重要です。
牡蠣や赤身肉、レバー、チーズ、ナッツ類に多く含まれます。
鉄分 頭皮への酸素運搬役
鉄分が不足すると貧血になり、全身の細胞に酸素が十分に行き渡らなくなります。これは頭皮の毛母細胞も同様で、活動が低下して脱毛の原因となります。
レバー、赤身肉、ほうれん草、あさりなどを積極的に摂りましょう。
橋本病患者が特に注意すべき食事のポイント
一般的な栄養バランスに加えて、橋本病の方が知っておくべき重要な食事の注意点があります。
ヨウ素の摂取に関する注意
ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料となるミネラルですが、橋本病の方が過剰に摂取すると、かえって甲状腺の炎症を悪化させ、機能を低下させてしまうことがあります。
昆布やひじき、わかめなどの海藻類に非常に多く含まれるため、これらの食品の「毎日大量に食べる」といった極端な摂取は避け、通常の食事の範囲で楽しむ程度に留めるのが賢明です。
健康のためと思ってヨウ素のサプリメントを自己判断で摂取することは絶対にやめましょう。
髪と甲状腺のための栄養素ガイド
栄養素 | 髪への役割 | 多く含む食品 |
---|---|---|
タンパク質 | 髪の主成分(ケラチン)の材料になる | 肉、魚、卵、大豆製品 |
亜鉛 | ケラチンの合成をサポートする | 牡蠣、レバー、赤身肉、チーズ |
鉄分 | 頭皮への酸素供給を助ける | レバー、赤身肉、あさり、小松菜 |
生活習慣の見直しによる予防策
慢性甲状腺炎(橋本病)による脱毛の治療効果を高め、再発を防ぐためには、薬や食事だけでなく、日々の生活習慣全体を見直すことが大切です。
質の高い睡眠、適度な運動、そして健やかな生活リズムは、ホルモンバランスを整え、免疫機能を正常に保つための土台となります。ここでは、今日から始められる具体的な予防策を紹介します。
睡眠の質が髪の未来を決める
髪の成長や修復に欠かせない「成長ホルモン」は、私たちが眠っている間、特に深い眠りの時に最も多く分泌されます。
睡眠不足や質の悪い睡眠は、この貴重な時間を奪い、髪の健康を損なう直接的な原因となります。
質の良い睡眠のための工夫
毎日決まった時間に就寝・起床する習慣をつけ、体内時計を整えましょう。就寝前のスマートフォンやパソコンの使用は、ブルーライトが脳を覚醒させてしまうため控えます。
ぬるめのお風呂にゆっくり浸かったり、リラックスできる音楽を聴いたりするのも効果的です。
適度な運動で全身の血流を改善
運動不足は血行不良を招き、頭皮に必要な栄養が届きにくくなる原因の一つです。激しい運動は必要ありません。ウォーキングやヨガ、ストレッチなど、心地よく続けられる運動を習慣にしましょう。
適度な運動は、ストレス解消にもつながり、心身のバランスを整える上で一石二鳥の効果があります。
髪の健康を損なう習慣を断つ
喫煙や過度な飲酒は、髪の健康にとって百害あって一利なしです。タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させ、頭皮の血流を著しく悪化させます。
また、アルコールの過剰摂取は、髪の成長に必要なビタミンや亜鉛を体内で大量に消費してしまいます。これらの習慣は治療効果を妨げる可能性があるため、できる限り控える努力が重要です。
生活習慣と髪への影響
生活習慣 | 髪への良い影響/悪い影響 |
---|---|
質の高い睡眠 | 成長ホルモンの分泌を促し、髪の修復と成長を助ける |
適度な運動 | 全身の血行を促進し、ストレスを軽減する |
喫煙・過度な飲酒 | 血行を悪化させ、髪に必要な栄養素を消耗させる |
ストレス管理と甲状腺機能の関係
心と体は密接につながっています。特に、慢性甲状腺炎(橋本病)のような自己免疫疾患は、精神的なストレスの影響を受けやすいことが知られています。
過度なストレスは、免疫系のバランスを乱して病状を悪化させたり、それ自体が脱毛の引き金になったりすることがあります。
効果的なストレス管理は、甲状腺機能の安定と健やかな髪を維持するための重要な鍵です。
ストレスが髪と甲状腺に与える影響
ストレスを感じると、体は「コルチゾール」というホルモンを分泌します。このコルチゾールが慢性的に高い状態が続くと、様々な不調が現れます。
免疫バランスの乱れ
コルチゾールは免疫機能を抑制する働きがありますが、長期的なストレス下ではそのコントロールが乱れ、免疫系が過剰に反応しやすくなります。
これにより、橋本病の自己免疫反応が増悪する可能性があります。
休止期脱毛症の誘発
強いストレスは、多くの毛髪を強制的に「休止期」へと移行させてしまうことがあります。これにより、数ヶ月後にまとまった量の髪が抜ける「ストレス性脱毛症(急性休止期脱毛症)」を引き起こします。
甲状腺機能低下による脱毛と重なると、症状がより深刻になることがあります。
日常生活でできるストレス解消法
自分に合ったストレス解消法を見つけ、意識的にリラックスする時間を作ることが大切です。
リラクゼーション技法を取り入れる
深い呼吸を意識する腹式呼吸や瞑想、ヨガなどは、心身をリラックスさせ、自律神経のバランスを整えるのに役立ちます。
5分だけでも良いので、静かな環境で目を閉じて呼吸に集中する時間を作ってみましょう。
趣味や好きなことに没頭する
仕事や家庭のことなど、悩みの原因から一時的に離れ、自分が心から楽しいと感じる活動に没頭する時間は、最高の気分転換になります。
音楽を聴く、映画を観る、ガーデニングをするなど、どんなことでも構いません。
信頼できる人に話す
不安や悩みを一人で抱え込まず、家族や友人など、信頼できる人に話を聞いてもらうだけでも、心は軽くなります。
脱毛の悩みはデリケートな問題ですが、専門のクリニックでは、治療だけでなく、心理的なサポートも行っています。
定期的な経過観察とメンテナンス
慢性甲状腺炎(橋本病)との付き合いは、長期戦になることがほとんどです。
一度症状が改善しても、自己判断で治療を中断したり、生活習慣が乱れたりすると、再び甲状腺機能が不安定になり、脱毛などの症状が再発する可能性があります。
健やかな状態を維持するためには、専門医による定期的な経過観察と、ご自身による日々のセルフメンテナンスが両輪となって機能することが重要です。
専門医による定期検診の重要性
治療の成果を維持し、将来的なリスクを管理するために、医師との連携は欠かせません。
血液検査によるホルモン値のチェック
甲状腺ホルモン薬(チラーヂン)の必要量は、年齢や体重、季節、ストレス、妊娠など、様々な要因で変化します。
そのため、定期的に(通常は数ヶ月に一度)血液検査を行い、ホルモン値が適切な範囲に保たれているかを確認し、必要に応じて薬の量を調整します。
皮膚科での頭皮状態の確認
内分泌科での全身管理と並行して、皮膚科で頭皮や毛髪の状態を定期的に診てもらうことも有効です。
マイクロスコープで頭皮の状態を詳細に観察し、脱毛のパターンに変化がないか、円形脱毛症などの他の疾患を併発していないかなどをチェックすることで、早期に適切な対策を講じることができます。
継続的な管理のための専門科の役割
診療科 | 主な役割 | 受診の目安 |
---|---|---|
内分泌科・内科 | 甲状腺機能の管理、血液検査、ホルモン薬の処方・調整 | 医師の指示通り(通常2~6ヶ月に1回) |
皮膚科・専門クリニック | 頭皮・毛髪の状態評価、外用薬の処方、併発疾患の診断・治療 | 脱毛の改善が見られない場合、新たな脱毛斑が出現した場合 |
よくある質問
Reference
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