ある日突然、髪の毛が円形や楕円形に抜け落ちる円形脱毛症。その特徴的な症状から、多くの方が不安を感じます。
この記事では、円形脱毛症の基本的な知識から、その原因、症状、ご自身でできるセルフチェック法、皮膚科や専門病院で行う診断や治療法、さらには日常生活での予防や心のケアに至るまで、幅広く解説します。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
見えない敵と向き合う – 円形脱毛症とは

円形脱毛症は、頭部やその他の体毛が、コインのような円形または楕円形に突然抜け落ちる疾患です。
年齢や性別を問わず誰にでも発症する可能性があり、一つの小さな脱毛班から、頭部全体に広がるもの、さらには全身の毛が抜ける重篤なケースまで、その症状は多岐にわたります。
多くの場合、自覚症状はほとんどありませんが、時に軽いかゆみや違和感を伴うこともあります。この疾患は、見た目の変化が直接的に現れるため、患者さんの心理的な負担が大きいことも特徴の一つです。
円形脱毛症の基礎知識
円形脱毛症は、単なる「抜け毛」とは異なり、特定のメカニズムによって引き起こされると考えられています。主な原因として、自己免疫反応の異常が指摘されています。
これは、本来身体を守るべき免疫システムが、何らかの理由で毛包(毛を作り出す組織)を異物と誤認し、攻撃してしまうことで発症すると考えられています。
この免疫の誤作動が、毛の成長を妨げ、結果として脱毛を引き起こします。症状の範囲や進行度合いには個人差が大きく、自然に治癒することもあれば、治療を必要とする場合もあります。
円形脱毛症の種類と進行度
円形脱毛症は、その脱毛範囲や数によっていくつかのタイプに分類されます。これらの分類は、治療方針を決定する上でも重要な指標となります。

種類 | 特徴 | 主な症状の現れ方 |
---|---|---|
単発型 | 脱毛班が1箇所のみ | 頭部にコイン大の脱毛が1つできる |
多発型 | 脱毛班が2箇所以上 | 複数の脱毛班が頭部や他の部位に現れる |
全頭型 | 頭部全体の毛髪が失われる | 頭髪がほぼ全て抜け落ちる |
突然現れる脱毛班
円形脱毛症の最も代表的な症状は、境界がはっきりとした円形または楕円形の脱毛班です。多くの場合、自覚症状がないまま、ある日突然、鏡を見たり、家族や理容師・美容師に指摘されたりして気づきます。
初期には小さな脱毛班でも、時間とともに拡大したり、数が増えたりすることもあります。
脱毛部分の頭皮は、炎症などの異常が見られないことが多いですが、活動期にはわずかなかゆみや赤みを伴うこともあります。
抜け毛のパターンも特徴的で、毛根部分が細くなっている「感嘆符毛(かんたんふもう)」が見られることがあります。
丸い謎のサイン – 円形脱毛症の主な症状

円形脱毛症の症状は、脱毛班の出現が最も一般的ですが、それ以外にもいくつかのサインが見られることがあります。これらの症状を早期に認識することが、適切な対応への第一歩となります。
典型的な脱毛班
円形脱毛症の典型的な症状は、前述の通り、境界明瞭な円形または楕円形の脱毛班です。大きさは1円玉程度のものから、手のひらサイズ、あるいはそれ以上に及ぶこともあります。
脱毛班の表面の皮膚は、通常、滑らかで光沢を帯びていることが多く、毛穴が目立たなくなることもあります。
多くの場合、痛みやかゆみといった自覚症状は伴いませんが、一部の患者さんでは、脱毛が始まる前や脱毛部位に軽度のかゆみ、ピリピリとした違和感、あるいは赤みが生じることがあります。
これらの症状は、毛包周囲での炎症反応を示唆している可能性があります。
脱毛班の数と範囲
脱毛班の数や範囲は、円形脱毛症の重症度を判断する上で重要な要素です。
単発型であれば、自然治癒の可能性も比較的高まりますが、多発型や脱毛範囲が広範囲に及ぶ場合は、専門的な治療が必要となるケースが多くなります。
脱毛班の数や範囲の変化を注意深く観察することが大切です。
症状の範囲 | 一般的な呼称 | 注意点 |
---|---|---|
頭部の一部に単発 | 単発型円形脱毛症 | 自然治癒も期待できるが、拡大・増加の可能性あり |
頭部に複数 | 多発型円形脱毛症 | 治療を検討することが多い |
頭部全体 | 全頭型円形脱毛症 | 専門医による積極的な治療が必要 |
爪の変化
円形脱毛症の患者さんの中には、爪に変化が現れることがあります。
これは、毛髪と爪が同じケラチンというタンパク質からできているため、免疫システムの異常が爪にも影響を及ぼすことがあるためと考えられています。
代表的な爪の症状としては、爪の表面に小さな点状のへこみ(点状陥凹)が多数現れたり、爪がもろくなったり、横方向に溝ができたり(ボー線条)、爪が薄くなったり厚くなったりするなどの変化が見られます。
これらの爪の症状は、円形脱毛症の診断の一助となることもあり、皮膚科医は脱毛の状態と合わせて爪の状態も確認します。
進行のパターン
円形脱毛症の進行パターンは非常に多様です。ある日突然、脱毛班が現れ、そのまま数ヶ月で自然に治癒するケースもあれば、脱毛班が徐々に拡大したり、新しい脱毛班が次々と出現したりするケースもあります。
また、一度治癒した後に再発を繰り返すことも珍しくありません。症状の進行は予測が難しく、個々の患者さんによって経過が大きく異なります。
そのため、定期的な皮膚科医による診察を受け、症状の変化を把握し、適切な治療方針を立てることが重要です。特に、急速に脱毛が進行する場合や、広範囲に及ぶ場合は、早期の積極的な治療が望まれます。
自分で見つける第一歩 – 効果的なセルフチェック法
円形脱毛症は、初期には自覚症状が少ないため、自分自身で気づくことが難しい場合があります。
しかし、早期発見・早期対応が症状の改善につながる可能性があるため、日頃から頭皮の状態に関心を持ち、セルフチェックを行うことが大切です。
頭皮の状態確認

セルフチェックの基本は、頭皮全体を注意深く観察することです。合わせ鏡を使ったり、家族に協力してもらったりして、普段見えにくい後頭部や頭頂部もしっかりと確認しましょう。
特に、髪の分け目や生え際だけでなく、頭皮全体に円形や楕円形の脱毛箇所がないかを探します。脱毛部分の皮膚の色や状態(赤み、かゆみ、フケなどがないか)も併せて確認します。
また、シャンプー時やブラッシング時の抜け毛の量に変化がないか、枕につく抜け毛が増えていないかなども、頭皮の異常を察知する手がかりになります。
抜け毛の中に、毛根部分が細く尖った「感嘆符毛」がないかもチェックポイントです。
セルフチェック時のポイント
- 明るい場所で、鏡を使って頭皮全体を観察する。
- 脱毛班の形(円形、楕円形)、大きさ、境界の明瞭さを確認する。
- 脱毛部分の頭皮の色、かゆみ、赤みの有無を確認する。
- 抜け毛の量や質(感嘆符毛の有無)に注意する。
脱毛範囲の観察
脱毛班を見つけた場合、その範囲や数を記録しておくことが重要です。スマートフォンのカメラなどで定期的に撮影し、変化を記録しておくと、皮膚科を受診した際に医師に正確な情報を提供できます。
脱毛班の大きさを測ったり、数を数えたりすることで、症状が進行しているのか、あるいは改善傾向にあるのかを客観的に把握する助けになります。
特に、複数の脱毛班がある場合や、脱毛範囲が徐々に広がっているように感じる場合は、早めに専門医に相談することを推奨します。
早期発見の重要性
円形脱毛症は、症状が軽微な初期の段階で適切な対応を開始することで、症状の悪化を防ぎ、回復を早めることが期待できます。
セルフチェックで「もしかしたら円形脱毛症かもしれない」と感じたら、自己判断せずに、まずは皮膚科や専門の病院を受診することが大切です。
医師による正確な診断を受けることで、適切な治療法を選択でき、いたずらに不安を抱えることなく、前向きに治療に取り組むことができます。
早期発見は、精神的な負担を軽減する上でも大きな意味を持ちます。
円形脱毛症と間違えやすい他の脱毛症
円形脱毛症以外にも、様々な原因で脱毛が起こることがあります。自己判断は禁物ですが、参考として他の脱毛症との違いを理解しておくことも役立ちます。
脱毛症の種類 | 主な特徴 | 円形脱毛症との違い(主な点) |
---|---|---|
男性型脱毛症(AGA) | 前頭部や頭頂部の毛が薄くなる | 脱毛のパターン、進行の仕方が異なる |
脂漏性脱毛症 | 頭皮の炎症、フケ、かゆみを伴う | 頭皮の炎症所見が強いことが多い |
抜毛症(トリコチロマニア) | 自分で毛髪を引き抜いてしまう | 不自然な毛の切れ方、脱毛班の形状が不規則 |
免疫の誤作動?円形脱毛症の原因を解明
円形脱毛症の正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、現在最も有力視されているのは「自己免疫疾患」としての側面です。その他にも、いくつかの要因が複雑に関与していると考えられています。
自己免疫疾患としての側面
自己免疫疾患とは、本来、細菌やウイルスなどの外敵から体を守るはずの免疫システムが、自身の正常な細胞や組織を誤って攻撃してしまう病気の総称です。

円形脱毛症の場合、免疫細胞であるTリンパ球が、毛根にある毛包を異物と認識し、攻撃することで毛の成長が阻害され、脱毛が引き起こされると考えられています。
なぜこのような免疫の誤作動が起こるのかについては、まだ不明な点が多いですが、遺伝的な素因や環境因子などが関わっている可能性が指摘されています。
Tリンパ球の攻撃
毛包は、通常、免疫システムからの攻撃を受けにくい「免疫特権部位」と考えられています。しかし、何らかのきっかけでこの免疫特権が破綻すると、Tリンパ球が毛包を攻撃し始めます。
この攻撃により、毛母細胞の活動が停止し、毛髪が成長できなくなったり、抜け落ちたりします。ただし、毛包自体が破壊されるわけではないため、免疫の攻撃が収まれば、再び毛髪が再生する可能性があります。
これが、円形脱毛症が治癒したり、再発したりする理由の一つと考えられています。
ストレスとの関連性
円形脱毛症の発症や悪化には、精神的なストレスが関与しているという説が古くからあります。強いストレスを感じた後に円形脱毛症を発症したり、症状が悪化したりするケースは実際に報告されています。
ストレスは、自律神経系やホルモンバランス、そして免疫系に影響を与えることが知られており、これらの乱れが円形脱毛症の引き金の一つになる可能性が考えられます。
しかし、ストレスが直接的な原因であると断定するには至っておらず、あくまで誘因の一つとして捉えられています。
ストレスを感じていない人でも発症することはありますし、ストレスがなくても症状が進行することもあります。
ストレスが免疫系に与える影響
過度なストレスは、免疫細胞のバランスを崩したり、炎症を引き起こす物質の産生を促したりすることがあります。これにより、自己免疫反応が起こりやすい状態になる可能性が指摘されています。
ただし、この関連性はまだ研究段階であり、全ての人に当てはまるわけではありません。
遺伝的要因の可能性
円形脱毛症は、家族内で発症することがあるため、遺伝的な要因も関与していると考えられています。円形脱毛症の患者さんの約10~20%に家族歴があるという報告もあります。
特定の遺伝子が直接的に円形脱毛症を引き起こすわけではありませんが、複数の遺伝子が複雑に関与し、発症しやすい体質(感受性遺伝子)を受け継ぐ可能性があるとされています。
しかし、遺伝的素因があっても必ず発症するわけではなく、他の環境要因との組み合わせによって発症すると考えられています。
アトピー素因との関係
アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎などのアトピー素因を持つ人は、円形脱毛症を発症しやすい傾向があることが知られています。
アトピー素因を持つ人は、免疫システムが過敏に反応しやすい体質であるため、自己免疫反応も起こりやすいのではないかと考えられています。
円形脱毛症の患者さんの約40%にアトピー素因が見られるという報告もあり、両者の間には密接な関連があると考えられます。
アトピー素因を持つ場合、円形脱毛症が広範囲に及んだり、治りにくかったりする傾向も見られます。
甲状腺疾患やその他の疾患
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)や甲状腺機能低下症(橋本病)といった甲状腺疾患も、自己免疫が関与する病気であり、円形脱毛症との合併が見られることがあります。
甲状腺ホルモンは全身の代謝に関わるため、その異常が毛髪の成長サイクルに影響を与える可能性も考えられます。
その他、尋常性白斑や関節リウマチ、膠原病などの自己免疫疾患と円形脱毛症が合併するケースも報告されており、免疫システムの異常が共通の基盤にある可能性を示唆しています。
関連が指摘される疾患の例
疾患群 | 代表的な疾患名 | 円形脱毛症との関連性 |
---|---|---|
自己免疫疾患 | 尋常性白斑、関節リウマチ | 免疫システムの異常が共通 |
甲状腺疾患 | バセドウ病、橋本病 | 自己免疫的機序、ホルモンバランスの影響 |
アトピー性疾患 | アトピー性皮膚炎、気管支喘息 | 免疫系の過敏性が関連 |
ホルモンバランスの影響
ホルモンバランスの乱れが円形脱毛症の直接的な原因となることは少ないと考えられていますが、間接的に影響を与える可能性は否定できません。
特に、妊娠・出産や更年期など、女性ホルモンのバランスが大きく変動する時期に円形脱毛症を発症したり、症状が変化したりすることがあります。
また、甲状腺ホルモンの異常も、前述の通り関連が指摘されています。しかし、男性ホルモンが主な原因となる男性型脱毛症(AGA)とは、発症のメカニズムが異なります。
確かな診断への道 – 必要な検査とその意味

円形脱毛症の診断は、主に皮膚科医による視診と問診に基づいて行われますが、症状や経過によっては、より詳細な検査が必要となることもあります。
正確な診断は、適切な治療法を選択するための第一歩です。
視診と問診
皮膚科を受診すると、まず医師が脱毛の状態を詳細に観察します(視診)。
脱毛班の形、大きさ、数、範囲、脱毛部分の皮膚の状態(色、炎症の有無、毛穴の状態など)、抜け毛の性状(感嘆符毛の有無など)などを丁寧に確認します。
また、問診では、いつから脱毛が始まったか、自覚症状(かゆみ、痛みなど)の有無、過去の病歴、家族歴(血縁者に円形脱毛症の人がいるか)、アトピー素因の有無、最近のストレス状況、服用中の薬などについて詳しく尋ねます。
これらの情報は、診断を下し、治療方針を決定する上で非常に重要です。
問診でよく聞かれること
- 脱毛が始まった時期と最初の症状
- 脱毛の進行状況(拡大、増加、改善など)
- かゆみ、痛みなどの自覚症状
- 既往歴(特に自己免疫疾患、甲状腺疾患、アトピー性疾患)
- 家族歴(円形脱毛症、自己免疫疾患など)
- 生活習慣、ストレスの状況
ダーモスコピー検査
ダーモスコピー検査は、ダーモスコープという特殊な拡大鏡を用いて、頭皮や毛髪の状態を詳細に観察する検査です。
この検査により、肉眼では確認しにくい毛穴の状態、毛髪の太さや形状の変化、微細な血管のパターンなどを観察することができます。
円形脱毛症に特徴的な所見(例:感嘆符毛、黄点、黒点、断毛など)を確認することで、診断の精度を高めることができます。
また、治療効果の判定や、他の脱毛症との鑑別にも役立ちます。この検査は痛みを伴わず、短時間で行うことができます。
血液検査
円形脱毛症が疑われる場合、他の自己免疫疾患や甲状腺疾患などが合併していないかを確認するために、血液検査を行うことがあります。特に、脱毛範囲が広い場合や、症状が急速に進行する場合、アトピー素因がある場合などには、積極的に行われることがあります。
検査項目としては、自己抗体(抗核抗体など)、甲状腺ホルモン(TSH、FT3、FT4)、甲状腺自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗TPO抗体)、アレルギーに関連する項目(IgE値など)などが挙げられます。
これらの検査結果は、円形脱毛症の背景にある可能性のある疾患を特定し、総合的な治療計画を立てる上で参考になります。
血液検査で調べる主な項目
検査項目 | 目的 | 関連する可能性のある状態 |
---|---|---|
自己抗体 | 他の自己免疫疾患の合併の有無 | 膠原病など |
甲状腺ホルモン・自己抗体 | 甲状腺機能の異常や甲状腺疾患の有無 | バセドウ病、橋本病 |
IgE値 | アトピー素因の有無 | アトピー性皮膚炎など |
皮膚生検
診断が難しい場合や、他の皮膚疾患との鑑別が必要な場合には、皮膚生検を行うことがあります。
皮膚生検は、局所麻酔をした上で、脱毛部分の皮膚を少量(通常は数ミリ程度)採取し、顕微鏡で組織の状態を詳しく調べる検査です。
毛包周囲の炎症細胞の種類や分布、毛包の構造変化などを確認することで、より確定的な診断を得ることができます。特に、瘢痕性脱毛症(毛包が破壊され、永久的に毛が生えてこなくなる脱毛症)との鑑別などに有用です。
検査後は、数針縫合することがあり、小さな傷跡が残る可能性があります。
回復への道筋 – 効果的な治療選択肢

円形脱毛症の治療法は、症状の範囲、進行度、年齢、合併症の有無などを考慮して選択します。
残念ながら、全ての人に確実に効果がある特効薬はまだありませんが、多くの患者さんで症状の改善が期待できる治療法がいくつか存在します。
医師とよく相談し、自分に合った治療法を見つけることが大切です。
ステロイド治療
ステロイドは、炎症や免疫反応を抑える作用があり、円形脱毛症の治療において広く用いられています。自己免疫反応によって毛包が攻撃されるのを抑制し、毛髪の再生を促す効果が期待できます。
ステロイド治療には、外用薬(塗り薬)、局所注射、内服薬といった方法があり、症状の程度に応じて使い分けられます。
外用薬
比較的症状が軽い場合や、脱毛範囲が限られている場合に、まず選択されることが多いのがステロイド外用薬です。ローションタイプや軟膏タイプなどがあり、脱毛部分の頭皮に直接塗布します。
副作用は比較的少ないですが、長期間使用する場合は、皮膚が薄くなったり、毛細血管が拡張したりする可能性があるので、医師の指示に従って正しく使用することが重要です。
効果が現れるまでには数ヶ月かかることもあります。
局所注射
脱毛班が限局している場合や、外用薬だけでは効果が不十分な場合に、ステロイドを脱毛部分の皮内に直接注射する方法です。比較的速やかな効果が期待でき、数週間から数ヶ月おきに治療を行います。
注射時に痛みを伴うことや、注射部位が一時的にへこむといった副作用が現れることがありますが、通常は時間とともに回復します。広範囲の脱毛には向きません。
内服薬
脱毛範囲が広い、または急速に進行する重症例に対して、ステロイド内服薬が用いられることがあります。
高い治療効果が期待できる一方で、全身性の副作用(免疫力低下、糖尿病、高血圧、骨粗しょう症、胃潰瘍、体重増加、ムーンフェイスなど)のリスクがあるため、使用は慎重に検討し、医師の厳密な管理のもとで行う必要があります。
通常、短期間の使用に留め、症状の改善が見られたら徐々に減量していきます。
局所免疫療法
局所免疫療法は、かぶれを起こす特殊な化学物質(SADBEやDPCPなど)を脱毛部分の頭皮に定期的に塗布し、人為的に軽い接触皮膚炎(かぶれ)を起こさせる治療法です。
このかぶれによって、毛包を攻撃している免疫細胞の働きを別の方向へ向けさせ、発毛を促すと考えられています。広範囲の脱毛症に対して有効性が示されており、特にアトピー素因を持つ患者さんにも効果が期待できる場合があります。
治療初期には強いかゆみや赤み、腫れなどが現れることがありますが、徐々に慣れていきます。治療期間は長くかかることが一般的で、根気強い継続が必要です。この治療は、実施できる医療機関が限られています。
局所免疫療法の流れ
ステップ | 内容 | 注意点 |
---|---|---|
感作 | 高濃度の試薬を腕などに塗布し、アレルギー反応を起こさせる | 数週間後に反応を確認 |
治療開始 | 低濃度の試薬を脱毛部に塗布し、軽いかぶれを維持 | 濃度を調整しながら継続 |
維持 | 発毛が見られた後も、再発予防のために継続することがある | 医師の指示に従う |
その他の治療法
上記の治療法以外にも、いくつかの治療選択肢があります。例えば、冷却療法(ドライアイスや液体窒素を脱毛部に当てる)、紫外線療法(PUVA療法、ナローバンドUVB療法など)、ミノキシジル外用薬などが、症状や患者さんの状態に応じて検討されることがあります。
ミノキシジルは、元々高血圧の治療薬として開発されましたが、発毛効果があることが分かり、現在は脱毛症治療薬として広く用いられています。円形脱毛症に対する効果は限定的ですが、他の治療と併用されることもあります。
また、最近では、JAK阻害薬という新しいタイプの薬剤が、重症の円形脱毛症に対して有効性を示すことが報告され、注目されていますが、まだ保険適用外であったり、使用できる施設が限られていたりします。
どの治療法が適しているかは、専門医とよく相談して決定することが重要です。
健やかな頭皮を守る – 予防と管理のポイント

円形脱毛症の明確な予防法は確立されていませんが、頭皮環境を健やかに保ち、心身のバランスを整えることは、症状の悪化を防ぎ、回復をサポートする上で大切です。
日常生活でできることから取り組んでみましょう。
ストレスマネジメント
ストレスは円形脱毛症の誘因の一つと考えられています。
日常生活でストレスを完全に避けることは難しいかもしれませんが、自分なりのストレス解消法を見つけ、上手に付き合っていくことが重要です。
十分な睡眠、適度な運動、趣味の時間を楽しむ、リラックスできる環境を作るなど、心身をリフレッシュする習慣を取り入れましょう。
過度なストレスを感じている場合は、一人で抱え込まず、家族や友人、あるいは専門家(カウンセラーなど)に相談することも考えてみてください。
ストレス軽減に役立つかもしれないこと
- 十分な睡眠時間の確保
- バランスの取れた食事
- 適度な運動(ウォーキング、ヨガなど)
- 趣味やリラックスできる時間を持つ
- 瞑想や深呼吸
バランスの取れた食事
髪の毛は、主にタンパク質からできており、その成長にはビタミンやミネラルも必要です。
特定の食品が円形脱毛症を直接予防したり治療したりするわけではありませんが、バランスの取れた食事を心がけることは、健康な髪と頭皮を育む上で基本となります。
特に、タンパク質(肉、魚、大豆製品、卵など)、亜鉛(牡蠣、レバー、ナッツ類など)、ビタミンB群(緑黄色野菜、穀物など)、ビタミンC(果物、野菜など)などを意識して摂取すると良いでしょう。
偏った食事や無理なダイエットは避け、規則正しい食生活を送ることが大切です。これにより、免疫力の維持にもつながります。
頭皮と髪の健康に良いとされる栄養素
栄養素 | 主な働き | 多く含む食品例 |
---|---|---|
タンパク質 | 髪の主成分 | 肉、魚、卵、大豆製品 |
亜鉛 | 髪の成長促進、免疫力維持 | 牡蠣、レバー、牛肉、ナッツ類 |
ビタミンB群 | 頭皮の代謝促進、皮脂バランス調整 | レバー、青魚、緑黄色野菜、納豆 |
適切なヘアケア
頭皮を清潔に保ち、刺激を避けることは、健やかな頭皮環境の維持に繋がります。シャンプーは、自分の頭皮タイプに合ったものを選び、爪を立てずに指の腹で優しくマッサージするように洗いましょう。
すすぎ残しがないように、しっかりと洗い流すことも重要です。また、過度なブラッシングや、髪を強く引っ張るようなヘアスタイルは、頭皮や毛髪に負担をかける可能性があるため避けた方が良いでしょう。
ドライヤーを使用する際は、頭皮から離して一箇所に熱が集中しすぎないように注意し、乾かしすぎにも気をつけましょう。
パーマやヘアカラーは、頭皮への刺激となることがあるため、症状が出ている間は控えるか、医師に相談してから行うようにしてください。
自信を取り戻す – 円形脱毛症と心の健康

円形脱毛症は、外見に直接的な変化をもたらすため、患者さんの心理面に大きな影響を与えることがあります。
脱毛という症状そのものへの不安に加え、他人の目が気になる、自信を失うといった精神的な苦痛を伴うことも少なくありません。心の健康を保つことも、治療を進める上で非常に大切です。
外見の変化と心理的影響
髪の毛は、人の印象を大きく左右する部分の一つです。そのため、円形脱毛症による脱毛は、患者さんにとって大きなストレスとなり得ます。
特に、脱毛班が目立つ場所にある場合や、広範囲に及ぶ場合は、外出をためらったり、人と会うのが億劫になったりすることもあるでしょう。
周囲の視線が気になり、自己評価が低下し、抑うつ的な気分になったり、不安感が強まったりすることもあります。こうした心理的な負担は、QOL(生活の質)を著しく低下させる可能性があります。
大切なのは、これらの感情は決して特別なことではなく、多くの患者さんが経験するものであると理解することです。
心理的影響の例
感情・行動 | 具体的な内容 |
---|---|
不安感 | 症状の悪化や再発への恐れ、将来への不安 |
自己肯定感の低下 | 外見の変化による自信喪失、劣等感 |
社会的孤立 | 外出や人との交流を避けるようになる |
ポジティブな対処法
円形脱毛症と向き合い心の健康を保つためには、いくつかの対処法があります。まず、病気について正しく理解し、過度に悲観的にならないことが大切です。
信頼できる医師から十分な説明を受け、治療に前向きに取り組むことが安心感につながります。また、ウィッグや帽子、ヘアアクセサリーなどを活用し、外見の変化をカバーすることも有効な手段です。
自分に似合うものを見つけることでおしゃれを楽しむことができ、自信を取り戻すきっかけになることもあります。趣味や好きなことに没頭する時間を持つのも気分転換になり、ストレス軽減に役立ちます。
専門家によるカウンセリング
不安や落ち込みが強い場合、一人で抱え込まずに専門家のサポートを受けることも検討しましょう。
皮膚科医に相談するだけでなく、必要に応じて臨床心理士やカウンセラーなどの専門家を紹介してもらうことも可能です。
カウンセリングでは、自分の気持ちを自由に話すことで、感情を整理し、ストレスを軽減することができます。また、認知行動療法などの心理療法を通じて、円形脱毛症との向き合い方や、ネガティブな思考パターンを変えるための具体的な方法を学ぶこともできます。
心のケアは、治療効果を高める上でも重要です。
あなたは一人じゃない – 頼れるサポートとリソース

円形脱毛症と診断されたとき、多くの人が孤独感や不安を感じるかもしれません。しかし、あなたは一人ではありません。
適切な医療機関や患者会、信頼できる情報源など、頼れるサポートやリソースを活用することで前向きに病気と向き合うことができます。
医療機関との連携
円形脱毛症の治療において最も重要なのは、信頼できる皮膚科医や専門病院を見つけ、継続的に相談できる関係を築くことです。医師は、あなたの症状やライフスタイルに合わせた適切な治療法を提案し、治療の経過を注意深く観察してくれます。
治療に関する疑問や不安、日常生活での悩みなどを遠慮なく相談し、二人三脚で治療を進めていくことが大切です。セカンドオピニオンを求めることも、納得のいく治療を選択するための一つの方法です。
また、必要に応じて、他の診療科(例えば、心理的なサポートが必要な場合は心療内科や精神科)との連携も検討してくれるでしょう。
患者会の活用
同じ病気を抱える人々と交流することは大きな心の支えになります。患者会では、同じ悩みや経験を持つ仲間と出会い、情報交換をしたり、お互いの気持ちを分かち合ったりすることができます。
治療に関する体験談を聞いたり、日常生活での工夫を共有したりすることで孤独感が和らぎ、前向きな気持ちになれることもあります。また、患者会が主催する勉強会やイベントに参加することで、病気に関する知識を深めたり、新しい情報を得たりすることもできます。
インターネット上にも、患者さん同士が交流できるコミュニティやフォーラムが存在しますので、自分に合った形で活用してみると良いでしょう。
情報収集のポイント
円形脱毛症に関する情報は、インターネットや書籍など、様々なところから得ることができます。
しかし、中には科学的根拠のない情報や、誤った情報も含まれている可能性があるため、情報源の信頼性を見極めることが重要です。
公的機関(厚生労働省など)や医療機関、専門学会などが発信する情報を参考にすると良いでしょう。また、個人の体験談は参考になることもありますが、全ての人に当てはまるわけではないことを理解しておく必要があります。
不明な点や疑問点は、必ず医師に確認するようにしましょう。正しい情報に基づいて、冷静に病気と向き合うことが大切です。
信頼できる情報源の例
情報源の種類 | 具体例 | 確認すべき点 |
---|---|---|
公的機関 | 厚生労働省、国立研究開発法人など | 最新の情報か、情報源が明記されているか |
医療機関・学会 | 大学病院、皮膚科学会など | 専門医が監修しているか |
患者支援団体 | 認定NPO法人など | 活動内容、情報提供の透明性 |
よくある質問
円形脱毛症に関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
円形脱毛症の症状やご自身でのチェック方法について、さらに詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。
Reference
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