最近、頭皮にかゆみや赤みがあり、髪の毛が抜けた部分の毛穴が見えなくなっていませんか?もしかしたら、それは「瘢痕性脱毛症」かもしれません。
この脱毛症は、毛を生やす組織である「毛包」が壊れてしまい、その部分が瘢痕組織に置き換わることで永久に毛が生えてこなくなる深刻な状態です。
この記事では、瘢痕性脱毛症の基本的な知識から、原因、症状、ご自身でできるチェック方法、そして皮膚科専門医による診断や効果的な治療法、日常生活での予防策まで、薄毛に悩む男性の皆様に向けて詳しく解説します。
正しい知識を得て、早期発見・早期対応につなげましょう。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
瘢痕性脱毛症とは? – 知っておくべき基本知識
瘢痕性脱毛症は、他の一般的な脱毛症とは異なる特徴を持つ、注意が必要な疾患です。放置すると脱毛範囲が広がり、治療が難しくなることもあります。
まずは、この脱毛症の基本的な知識を深めましょう。
瘢痕性脱毛症の定義
瘢痕性脱毛症は、毛髪を作り出す皮膚の器官である「毛包」が、何らかの原因によって破壊され、その結果として線維化(瘢痕組織に置き換わること)を起こし、永久的に毛髪が再生しなくなる脱毛症の総称です。
一度破壊された毛包は元に戻らないため、早期の対応が非常に大切になります。
毛包の破壊と瘢痕化
健康な頭皮では、毛包が周期的に活動し、毛髪を成長させます。しかし、瘢痕性脱毛症では、この毛包が炎症などによって攻撃を受け、機能不全に陥り、最終的には破壊されます。

破壊された毛包の跡地は、コラーゲン線維を中心とする瘢痕組織で埋められ、硬くなります。この状態になると、毛髪の再生能力は失われます。
永久的な脱毛
瘢痕性脱毛症の最も大きな特徴は、脱毛が永久的であるという点です。
AGA(男性型脱毛症)のように毛包が小さくなる(ミニチュア化する)のではなく、毛包そのものが消失してしまうため、治療の目標は、まず病気の活動性を抑え、さらなる毛包の破壊と瘢痕化の進行を食い止めることに置かれます。
そして、活動が治まった後に、残された瘢痕部分に対して美容的な改善を目指す治療を検討します。
他の脱毛症との違い

脱毛症には様々な種類があり、それぞれ原因や治療法が異なります。瘢痕性脱毛症と他の代表的な脱毛症との違いを理解することは、適切な対応をとるために重要です。
AGA(男性型脱毛症)との比較
AGAは、男性ホルモンの影響で毛包が徐々に小さくなり、毛髪が細く短くなる脱毛症です。
毛包自体は残っているため、フィナステリドやデュタステリド、ミノキシジルといったAGA治療薬によって、毛髪の成長を促したり、脱毛の進行を遅らせたりする効果が期待できます。
一方、瘢痕性脱毛症では毛包が破壊されているため、これらのAGA治療薬は効果を示しません。この違いを理解せずAGA治療薬を使用しても、改善は見込めません。
円形脱毛症との比較
円形脱毛症は、自己免疫反応によって毛包が攻撃されると考えられている脱毛症です。
多くの場合、毛包は破壊されずに残っており、自然に治癒したり、適切な治療によって毛髪が再生したりする可能性があります。
しかし、重症型や長期にわたるものでは、瘢痕性脱毛症に移行するケースも稀に報告されています。初期の症状が似ている場合もあるため、専門医による正確な診断が大切です。
脱毛症の種類の比較
脱毛症の種類 | 主な原因 | 毛包の状態 |
---|---|---|
瘢痕性脱毛症 | 炎症、外傷、感染症など | 破壊され瘢痕化(永久脱毛) |
AGA(男性型脱毛症) | 男性ホルモン、遺伝 | 小型化(ミニチュア化) |
円形脱毛症 | 自己免疫反応(推定) | 多くは残存(再生の可能性あり) |
瘢痕性脱毛症の種類
瘢痕性脱毛症は、その原因によって大きく「原発性」と「続発性」の2つに分類されます。

原発性瘢痕性脱毛症
原発性瘢痕性脱毛症は、毛包自体を標的とする原因不明の炎症性疾患によって引き起こされます。
毛孔性扁平苔癬(もうこうせいへんぺいたいせん)やエリテマトーデス、毛包炎性瘢痕性脱毛症などがこれに分類されます。これらの疾患では、リンパ球などの免疫細胞が毛包を攻撃し、炎症と破壊を引き起こします。
続発性瘢痕性脱毛症
続発性瘢痕性脱毛症は、毛包以外の原因によって二次的に毛包が破壊されるものです。例えば、重度の頭皮のやけどや怪我といった外傷、細菌や真菌による深刻な感染症、放射線治療などが原因となります。
これらの場合、直接的なダメージや強い炎症が毛包を巻き込み、破壊に至ります。
あなたの症状をチェック – 瘢痕性脱毛症のサイン
瘢痕性脱毛症は、初期の段階では自覚症状が乏しいこともありますが、注意深く観察するといくつかのサインに気づくことがあります。早期発見が進行を食い止める鍵となります。
初期症状を見逃さない
以下のような症状が頭皮に見られたら、瘢痕性脱毛症の可能性を考えてみましょう。

- 頭皮の特定の部分にかゆみ、ヒリヒリ感、または圧痛がある。
- 脱毛部分の毛穴がはっきりせず、つるつるしているように見える。
- 頭皮に赤みや、小さなブツブツ、膿疱(うみを持ったふくろ)ができる。
- フケとは異なる、乾燥した鱗屑(りんせつ:皮膚の粉のようなもの)が見られる。
頭皮の赤み、かゆみ、痛み
炎症が起きているサインとして、頭皮に赤みやかゆみ、痛みを感じることがあります。特に、毛髪が抜けている部分やその周辺にこれらの症状が持続する場合は注意が必要です。
これらは毛包が攻撃を受けている初期の警告かもしれません。
毛穴の消失
瘢痕性脱毛症の大きな特徴の一つが、毛穴の消失です。
通常の脱毛では毛穴が残っていることが多いですが、瘢痕性脱毛症では毛包が破壊され瘢痕組織に置き換わるため、毛穴が見えなくなり、頭皮が滑らかで光沢を帯びたように見えることがあります。
鏡でご自身の頭皮をよく観察してみてください。
進行したときの症状
初期症状を見過ごし、病状が進行すると、よりはっきりとした症状が現れます。
脱毛斑の出現と拡大
脱毛した部分(脱毛斑)が明確になり、徐々にその範囲が広がっていきます。脱毛斑の形は様々で、円形や不整形など原因疾患によって異なります。
進行性の場合は、脱毛斑の辺縁に赤みや毛孔周囲の炎症が見られることがあります。
頭皮の光沢、硬化
毛包が破壊され瘢痕組織に置き換わると、その部分の頭皮は弾力性を失い、硬く感じられるようになります。また、表面がツルツルと光って見える「萎縮性変化」が現れることもあります。
これは、皮膚の構造が変化してしまった結果です。
瘢痕性脱毛症の主な症状
症状の段階 | 主な症状 | 注意点 |
---|---|---|
初期 | かゆみ、赤み、痛み、毛穴の不明瞭化 | 自覚しにくい場合もある |
進行期 | 明確な脱毛斑、脱毛範囲の拡大、頭皮の光沢・硬化 | 速やかな専門医への相談が重要 |
症状の現れ方の個人差
瘢痕性脱毛症の症状の現れ方や進行のスピードは、原因となる疾患の種類や個人の体質、炎症の程度によって大きく異なります。急速に進行する場合もあれば、数年かけてゆっくりと進行する場合もあります。
また、自覚症状がほとんどないまま進行することもあるため、定期的な頭皮のチェックが大切です。
簡単セルフチェック – 自宅でできる確認方法
専門医による診断が最終的には必要ですが、自宅でもある程度の頭皮の状態を確認することができます。早期発見の手がかりになるかもしれません。
頭皮の状態を観察するポイント
明るい場所で鏡を使い、脱毛が気になる部分や頭皮全体を丁寧に観察しましょう。指で触ってみて、質感の変化も確認します。
毛穴の有無
特に注意して観察したいのが毛穴です。髪の毛が抜けた後も毛穴が点状に見えるか、それとも毛穴自体が見当たらず、つるっとしているかを確認します。
毛穴が見えない場合は、瘢痕性脱毛症の可能性があります。
頭皮の色や質感
健康な頭皮は青白い色をしていますが、炎症があると赤みを帯びることがあります。また、瘢痕化が進むと、頭皮が硬くなったり、逆に薄くペラペラした感じになったりすることがあります。
周囲の健康な頭皮と比較してみましょう。
注意すべき変化
日頃からご自身の頭皮の状態を把握し、以下のような変化に気づいたら注意が必要です。
- 以前はあった毛穴が見えなくなってきた。
- 脱毛部分の境界がはっきりしてきた、または広がってきた。
- 頭皮に赤み、かさぶた、膿疱、強いかゆみや痛みが続く。
脱毛部分の境界
脱毛している部分と毛が生えている部分の境界が、くっきりと分かれているか、それともぼやけているかを確認します。活動性の炎症がある場合、境界部分に赤みや鱗屑が見られることがあります。
炎症の兆候
赤み、腫れ、熱感、痛み、かゆみ、膿疱、じゅくじゅくした感じなどは炎症のサインです。これらの兆候が持続する場合は、毛包で何らかのトラブルが起きている可能性があります。
セルフチェックの限界と専門医の重要性
セルフチェックはあくまで目安であり、自己判断は禁物です。瘢痕性脱毛症の診断は非常に専門的で、皮膚科専門医による詳細な診察と検査が必要です。
少しでも気になる点があれば、早めに専門医に相談しましょう。
皮膚科受診の目安
「最近抜け毛が増えただけでなく、頭皮が赤い」「かゆみや痛みが続く」「脱毛部分の毛穴が見えない」といった症状に気づいたら、それは皮膚科を受診するサインかもしれません。
特に、これらの症状が数週間以上続く場合は、自己判断せずに専門医の診察を受けることを強く推奨します。
なぜ起こる? – 瘢痕性脱毛症の根本原因
瘢痕性脱毛症がなぜ起こるのか、その根本的な原因を理解することは、適切な治療や予防策を考える上で非常に重要です。原因は多岐にわたります。
主な原因の分類
前述の通り、瘢痕性脱毛症は「原発性」と「続発性」に大別され、それぞれ原因が異なります。
原発性瘢痕性脱毛症の原因
原発性瘢痕性脱毛症は、毛包そのものが炎症の主なターゲットとなる疾患群です。これには以下のようなものが含まれます。
毛孔性扁平苔癬(もうこうせいへんぺいたいせん)
毛包周囲にリンパ球が浸潤し、炎症を引き起こします。頭頂部によく見られ、かゆみや毛孔周囲の赤み、角栓(毛穴のつまり)を伴うことがあります。
エリテマトーデス(特に円板状エリテマトーデス)
自己免疫疾患の一つで、皮膚症状として顔面や頭皮に赤い発疹や鱗屑、萎縮性の瘢痕を生じます。毛包が破壊され、瘢痕性脱毛症を引き起こします。
毛包炎性瘢痕性脱毛症(解離性蜂巣炎など)
頭皮に慢性的で再発性の膿疱やトンネル状の瘻孔(ろうこう:管状の穴)を形成し、重度の瘢痕化と脱毛を引き起こします。
中心性遠心性瘢痕性脱毛症(CCCA)
主にアフリカ系女性に見られることが多いですが、他の人種でも発症します。頭頂部から遠心性に脱毛が広がり、かゆみや灼熱感を伴うことがあります。
続発性瘢痕性脱毛症の原因

続発性瘢痕性脱毛症は、毛包以外の外部からの要因や、毛包周囲の組織に起こった問題が結果的に毛包を破壊するものです。
外傷
重度の火傷、頭部の手術痕、深い切り傷などが原因で、毛包が物理的に破壊され、瘢痕組織に置き換わります。
感染症
細菌(ブドウ球菌など)や真菌(白癬菌など)による重度の頭皮感染症(例:禿髪性毛包炎、ケルスス禿瘡)は、強い炎症を引き起こし、毛包を破壊して瘢痕性脱毛症を招くことがあります。早期の抗生物質や抗真菌薬による治療が重要です。
重度の皮膚疾患
帯状疱疹や壊死性痤瘡(えしせいざそう)など、他の皮膚疾患が頭皮に重度の炎症や組織破壊を引き起こした場合、二次的に瘢痕性脱毛症が生じることがあります。
腫瘍や放射線治療
頭皮に発生した皮膚腫瘍や、頭部への放射線治療が毛包を破壊し、瘢痕性脱毛症の原因となることがあります。
瘢痕性脱毛症の主な原因
分類 | 主な原因疾患・要因 | 特徴 |
---|---|---|
原発性 | 毛孔性扁平苔癬、エリテマトーデス | 毛包を標的とする自己免疫性・炎症性疾患 |
毛包炎性瘢痕性脱毛症 | 慢性的な化膿性炎症 | |
続発性 | 外傷(火傷、手術痕) | 物理的な毛包破壊 |
重度の感染症(細菌、真菌) | 感染による強い炎症と組織破壊 |
炎症と毛包破壊の関係
多くの場合、瘢痕性脱毛症の発症には「炎症」が深く関わっています。原発性では毛包自体が炎症の標的となり、続発性では外傷や感染症が引き起こす強い炎症が毛包を巻き込みます。
この炎症反応が長期化したり、過剰になったりすると、毛包を構成する細胞がダメージを受け、最終的には毛包組織が破壊され、再生能力のない瘢痕組織に置き換わってしまうのです。
炎症を早期にコントロールすることが、瘢痕化の進行を食い止める上で非常に大切です。
遺伝的要因や体質の関与
一部の瘢痕性脱毛症では、遺伝的な素因や特定の体質が発症に関与している可能性が指摘されています。例えば、特定の人種に発症しやすいタイプや、家族内で複数の発症者が見られるケースもあります。
しかし、多くの場合は複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられており、まだ解明されていない部分も多いのが現状です。ご自身の体質や家族歴について、専門医に伝えることも診断の一助となります。
正確な診断のための専門検査
瘢痕性脱毛症の診断は、症状の見た目だけでは難しい場合があります。
他の脱毛症との鑑別や原因となっている疾患を特定するために、皮膚科専門医による詳細な診察といくつかの専門的な検査を行います。

皮膚科専門医による問診と視診
まず、医師が患者さんから詳しくお話を伺います(問診)。
いつから症状が始まったか、どのような症状があるか(かゆみ、痛みなど)、これまでの治療歴、家族歴、既往歴、生活習慣など、診断の手がかりとなる情報を集めます。
その後、頭皮全体と脱毛部分の状態を詳細に観察します(視診)。脱毛の範囲やパターン、毛穴の状態、炎症の有無(赤み、鱗屑、膿疱など)、瘢痕の程度などを丁寧に確認します。
症状の経緯、既往歴の確認
症状がどのように変化してきたか、過去に頭皮のトラブルや全身性の疾患(膠原病など)を経験したことがあるか、アレルギー体質か、といった情報は、原因を絞り込む上で重要です。
服用中の薬や使用しているヘアケア製品についても確認します。
頭皮、毛髪の状態観察
医師は、脱毛斑の境界が鮮明か不明瞭か、毛髪が途中で折れていないか(切れ毛)、毛穴の開口部が残っているかなどを注意深く観察します。
引き抜き試験(軽く毛髪を引っ張ってみる検査)を行い、抜けやすい毛髪の量や状態を確認することもあります。
ダーモスコピー検査
ダーモスコピーは、ダーモスコープという特殊な拡大鏡を用いて、頭皮や毛穴の状態をより詳細に観察する検査です。
光の反射を抑えることで、皮膚の表面だけでなく、少し深い部分の構造まで見ることができます。この検査は痛みを伴わず、その場ですぐに結果が得られます。
毛孔の状態、血管パターン、瘢痕の評価
ダーモスコピーでは、毛穴の開口部の有無、毛穴周囲の炎症の程度(赤み、鱗屑)、血管の拡張や蛇行のパターン、瘢痕組織の有無や特徴などを詳細に評価できます。
これにより、瘢痕性脱毛症に特徴的な所見(例:毛孔周囲の白い瘢痕、毛孔の消失、異常な血管パターンなど)を確認し、診断の精度を高めます。また、治療効果の判定にも役立ちます。
皮膚生検(頭皮バイオプシー)
皮膚生検は、瘢痕性脱毛症の確定診断において最も重要な検査の一つです。局所麻酔をした後、脱毛部分の頭皮から小さな皮膚組織(通常直径2~4mm程度)を採取し、それを顕微鏡で詳しく調べます。
採取した部位は1~2針縫合するか、自然に治癒するのを待ちます。傷跡はほとんど目立ちません。
皮膚生検でわかること
観察項目 | 主な所見 | 診断への寄与 |
---|---|---|
毛包の状態 | 毛包の破壊、消失、炎症細胞の浸潤 | 瘢痕性脱毛症の確定、活動性の評価 |
炎症細胞の種類 | リンパ球、好中球、形質細胞など | 原因疾患の推定(例:毛孔性扁平苔癬、エリテマトーデス) |
瘢痕組織の程度 | コラーゲン線維の増生、弾性線維の変性 | 瘢痕化の進行度評価 |
確定診断のための組織学的検査
採取した皮膚組織を病理医が顕微鏡で観察し、毛包の状態、炎症細胞の種類と分布、瘢痕組織の程度などを詳細に評価します(組織学的検査)。
これにより、瘢痕性脱毛症であることの確定診断だけでなく、原因となっている具体的な疾患名(例:毛孔性扁平苔癬、円板状エリテマトーデスなど)を特定できる場合があります。
正確な診断は、適切な治療法を選択する上で不可欠です。
血液検査(原因疾患の特定のため)
全身性の疾患(例えば、エリテマトーデスのような膠原病)が瘢痕性脱毛症の原因として疑われる場合には、血液検査を行うことがあります。
自己抗体の有無や炎症反応の程度などを調べることで、背景にある全身疾患の診断や活動性の評価に役立ちます。
また、感染症が疑われる場合には、原因となる病原体を特定するための検査を行うこともあります。
効果的な治療選択肢とアプローチ
瘢痕性脱毛症の治療は、まず病気の活動性を抑えてさらなる毛包の破壊を防ぎ、症状を緩和することを目標とします。その後、瘢痕が安定した段階で、美容的な改善を目指す治療を検討することが一般的です。

治療法は原因疾患や症状の程度、範囲によって異なります。
治療の基本的な考え方
残念ながら、一度破壊されて瘢痕化した毛包を再生させることは現在の医療では困難です。そのため、治療の主眼は以下の2点に置かれます。
活動性の抑制と症状緩和
炎症が活発な時期には、まずその炎症を抑える治療を行います。これにより、かゆみや痛みといった自覚症状を和らげ、毛包の破壊がそれ以上進行するのを食い止めます。
早期に炎症をコントロールできれば、脱毛範囲の拡大を最小限に抑えられる可能性があります。
瘢痕化の進行予防
炎症を抑えることは、結果的に瘢痕化の進行を予防することにつながります。瘢痕組織が広がると、治療の選択肢が限られてしまうため、できるだけ早い段階で適切な治療を開始することが重要です。
専門医による定期的な経過観察のもと、治療方針を調整していきます。
薬物療法
炎症を抑え、病気の進行を遅らせるために、様々な薬物療法が行われます。原因疾患や炎症の程度に応じて、単独または組み合わせて使用します。
ステロイド(外用、局所注射、内服)の役割と注意点
ステロイドは強力な抗炎症作用を持ち、瘢痕性脱毛症の治療において中心的な役割を果たす薬剤です。
使用方法には、患部に直接塗る「外用薬」、脱毛部分の頭皮に注射する「局所注射」、そして「内服薬」があります。
外用ステロイド
比較的軽症の場合や、広範囲の病変に対して使用します。強さの異なる様々な種類があり、症状に応じて使い分けます。
ステロイド局所注射
脱毛範囲が限局している場合や、外用薬の効果が不十分な場合に有効です。炎症のある部位に直接薬剤を注入するため、高い効果が期待できます。数週間から数ヶ月おきに繰り返すことが一般的です。
内服ステロイド
炎症が非常に強い場合や、急速に進行する場合、広範囲に及ぶ場合などに、短期間使用することがあります。全身への影響も考慮し、専門医が慎重に判断します。
ステロイド治療は効果が高い反面、長期使用や不適切な使用は副作用(皮膚の菲薄化、血管拡張、感染しやすくなるなど)のリスクを伴います。
必ず専門医の指示に従い、定期的な診察のもとで使用することが大切です。
免疫抑制剤
ステロイドで効果が不十分な場合や、副作用で使用が難しい場合に、タクロリムスやシクロスポリンといった免疫抑制剤を使用することがあります。
これらは、過剰な免疫反応や炎症を抑えることで効果を発揮します。外用薬や内服薬があり、専門医が患者さんの状態に応じて選択します。
抗生物質・抗真菌薬(感染症が原因の場合)
細菌感染(例:毛包炎)や真菌感染(例:頭部白癬)が瘢痕性脱毛症の原因となっている、あるいは悪化要因となっている場合には、それぞれの病原体に有効な抗生物質や抗真菌薬を使用します。
内服薬や外用薬があり、感染の状態に応じて適切な薬剤と投与期間を決定します。
主な薬物療法の種類
薬剤の種類 | 主な作用 | 使用方法の例 |
---|---|---|
ステロイド | 強力な抗炎症作用 | 外用、局所注射、内服 |
免疫抑制剤 | 免疫反応・炎症の抑制 | 外用、内服 |
抗生物質・抗真菌薬 | 原因菌・真菌の除去 | 外用、内服 |
外科的治療法

薬物療法で炎症が十分にコントロールされ、病状が安定した(瘢痕が成熟した)後、脱毛してしまった部分の美容的な改善を目的として、外科的な治療法を検討することがあります。
ただし、活動性の炎症が残っている時期に行うと、症状が悪化したり、移植毛が生着しなかったりするリスクがあるため、タイミングが非常に重要です。
自毛植毛の適応と限界
自毛植毛は、後頭部や側頭部など、男性ホルモンの影響を受けにくく、健康な毛髪が残っている部分(ドナー部)から毛包組織を採取し、脱毛している部分(レシピエント部)に移植する手術です。
瘢痕性脱毛症の場合、瘢痕組織は血流が悪く、硬くなっているため、通常のAGAに対する植毛よりも生着率が低下する傾向があります。
また、移植する瘢痕の状態や範囲、原因疾患の活動性などを十分に評価し、適応を慎重に判断する必要があります。専門医とよく相談し、期待できる効果とリスクを理解した上で検討することが大切です。
自毛植毛は、瘢痕性脱毛症の活動が完全に沈静化し、瘢痕の状態が安定していることが前提となります。炎症が残っている状態での手術は避けるべきです。
縫縮術(瘢痕切除術)の概要と効果
縫縮術は、脱毛している瘢痕部分を外科的に切除し、周囲の健康な頭皮を引き寄せて縫い合わせる手術です。比較的小さな範囲の瘢痕に適しています。
一度の手術で切除できる範囲には限界があるため、範囲が広い場合は複数回に分けて手術を行うこともあります。
瘢痕組織そのものを除去するため、見た目の改善効果が高い場合がありますが、頭皮の緊張や傷跡が残る可能性も考慮する必要があります。
この手術も、自毛植毛と同様に、炎症が完全に治まっていることが適応の条件となります。
外科的治療法の比較
治療法 | 概要 | 主な利点 | 主な注意点 |
---|---|---|---|
自毛植毛 | 自身の毛髪を瘢痕部に移植 | 毛髪を再生できる可能性がある | 生着率が低い場合がある、炎症の沈静化が必須 |
縫縮術 | 瘢痕組織を切除し縫合 | 瘢痕を目立たなくできる | 適応範囲が限られる、傷跡が残る可能性 |
その他の治療法
上記の治療法以外にも、補助的な治療法として、低出力レーザー治療や紫外線療法などが試みられることがありますが、その効果についてはまだ確立されていません。
これらの治療法については、専門医とよく相談することが重要です。
進行を防ぐ – 日常でできる予防対策
瘢痕性脱毛症の発症を完全に予防することは難しい場合もありますが、原因や悪化要因を避けることで、進行を遅らせたり、症状を軽減したりすることが期待できます。
日常生活で心がけたいポイントを紹介します。

頭皮への刺激を避ける
健康な頭皮環境を保つことは、あらゆる頭皮トラブルの予防につながります。
適切なヘアケア方法
洗浄力の強すぎるシャンプーや、頻回なシャンプーは、頭皮の必要な皮脂まで奪い、乾燥や刺激を引き起こす可能性があります。ご自身の頭皮タイプに合った、低刺激性のシャンプーを選び、優しく洗いましょう。
爪を立てずに指の腹でマッサージするように洗い、すすぎ残しがないように丁寧に洗い流します。
また、ヘアカラーやパーマなどの化学的な処理は、頭皮に負担をかけることがあるため、症状がある場合は控えるか、専門医に相談しましょう。
頭皮に優しいヘアケアのポイント
- 低刺激性のシャンプーを選ぶ
- 洗いすぎに注意し、1日1回程度にする
- 爪を立てず、指の腹で優しく洗う
- シャンプー剤が残らないよう、十分にすすぐ
- ドライヤーは頭皮から離し、一箇所に集中させない
紫外線対策
紫外線は皮膚の炎症を悪化させたり、老化を促進したりする可能性があります。外出時には帽子を着用したり、頭皮用の日焼け止めを使用したりするなどして、頭皮を紫外線から守りましょう。
特に脱毛して頭皮が露出している部分は、日焼けしやすいため注意が必要です。
原因疾患の早期発見と治療
原発性瘢痕性脱毛症の原因となる皮膚疾患(毛孔性扁平苔癬やエリテマトーデスなど)や、続発性の原因となる感染症などは、早期に発見し、適切な治療を開始することが、瘢痕化の進行を食い止めるために最も重要です。
皮膚の異常に気づいたら早めに皮膚科へ
頭皮にかぎらず、体のどこかに原因不明の発疹や炎症、長引く皮膚症状が現れた場合は、自己判断せずに早めに皮膚科専門医を受診しましょう。
特に、膠原病など全身性の疾患が背景にある場合、皮膚症状はそのサインの一つである可能性があります。
生活習慣の見直し
健康的な生活習慣は、免疫機能の維持や皮膚のターンオーバーを正常に保つために大切です。
バランスの取れた食事
皮膚や毛髪の健康に必要な栄養素(タンパク質、ビタミン、ミネラルなど)をバランス良く摂取しましょう。
特定の食品が直接的に瘢痕性脱毛症を予防するという科学的根拠はまだ十分ではありませんが、全身の健康状態を良好に保つことが間接的に良い影響を与えると考えられます。
十分な睡眠
睡眠不足は免疫力の低下やホルモンバランスの乱れにつながり、皮膚の炎症を悪化させる可能性があります。質の高い睡眠を十分にとるよう心がけましょう。
ストレス管理
過度なストレスもまた、免疫系やホルモンバランスに影響を与え、皮膚疾患を悪化させる要因となり得ます。
適度な運動や趣味、リラクゼーションなどを通じて、上手にストレスをコントロールする方法を見つけましょう。
外傷や感染症の予防
続発性瘢痕性脱毛症の主な原因である外傷や感染症を予防することも重要です。
頭部に怪我をしないように注意する、火傷に気をつける、頭皮を清潔に保ち感染症を予防するといった基本的な対策が、結果として瘢痕性脱毛症のリスクを減らすことにつながります。
もし頭皮に傷ができたり、感染の兆候が見られたりした場合は、速やかに医療機関を受診し、適切な処置を受けましょう。
日常生活での予防ポイント
カテゴリー | 具体的な対策 |
---|---|
ヘアケア | 低刺激シャンプー、優しい洗浄、紫外線対策 |
疾患管理 | 原因疾患の早期発見・治療、皮膚科定期受診 |
生活習慣 | バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレス管理 |
外傷・感染予防 | 怪我・火傷の防止、頭皮の清潔維持 |
治療を成功させるポイントと注意点
瘢痕性脱毛症の治療は一筋縄ではいかないことも多く、根気強い取り組みが必要です。治療をより効果的に進め、良い結果を得るためには、いくつかの重要なポイントと注意点があります。
専門医との連携の重要性

瘢痕性脱毛症の診断と治療は高度な専門知識を要するため、経験豊富な皮膚科専門医(特に毛髪疾患に詳しい医師)の指導のもとで行うことが絶対条件です。
正確な診断に基づく治療計画
自己判断や不確かな情報に頼らず、まずは専門医による正確な診断を受けることが治療の第一歩です。原因疾患や病状の進行度、患者さん個々の状態に合わせて、最適な治療計画を立ててもらう必要があります。
治療の選択肢、期待できる効果、潜在的なリスクや副作用について、十分に説明を受け、納得した上で治療に臨みましょう。
定期的な経過観察
治療効果の判定や副作用のチェック、治療方針の調整のためには、定期的な通院と診察が大切です。
症状が改善してきたように感じても、自己判断で治療を中断したり、通院をやめたりせず、医師の指示に従いましょう。
病気の活動性が再燃することもあるため、長期的な視点でのフォローアップが重要になります。
治療期間と根気
瘢痕性脱毛症の治療は、効果が現れるまでに時間がかかることが多く、また、病気の活動性を完全に抑えるのが難しい場合もあります。
長期的な視点での治療
数週間や数ヶ月で劇的に改善することは稀で、年単位での治療や経過観察が必要になることも少なくありません。焦らず、根気強く治療を続けることが大切です。
治療の目標や見通しについて、事前に医師とよく話し合っておくと、治療へのモチベーションを維持しやすくなります。
精神的なケア
脱毛は、外見上の変化だけでなく、心理的にも大きな影響を与えることがあります。特に、永久的な脱毛を伴う瘢痕性脱毛症は、患者さんにとって精神的な負担が大きくなる傾向があります。
脱毛による心理的影響への理解とサポート
不安や悩み、気分の落ち込みなどを感じた場合は、一人で抱え込まず、医師やカウンセラー、信頼できる家族や友人に相談することも考えてみましょう。
必要に応じて、心理的なサポートを受けることも治療の一環として重要です。ウィッグやヘアピースなどの利用も、QOL(生活の質)を維持するための一つの手段となります。
AGA治療薬の誤用を避ける
繰り返しになりますが、瘢痕性脱毛症に対して、AGA(男性型脱毛症)の治療薬(フィナステリド、デュタステリド、ミノキシジルなど)は効果がありません。
これは、瘢痕性脱毛症では毛包そのものが破壊されてしまっているためです。
誤ってこれらの薬剤を使用し続けると、時間と費用が無駄になるだけでなく、適切な治療を受ける機会を逃してしまう可能性があります。必ず専門医の診断に基づいた治療を選択しましょう。
治療の注意点まとめ
ポイント | 具体的な内容 |
---|---|
専門医との連携 | 正確な診断、個別化された治療計画、定期的な経過観察 |
治療期間 | 長期的な視点、根気強い継続 |
精神的ケア | 心理的影響への理解、必要に応じたサポートの活用 |
薬剤選択 | AGA治療薬の誤用回避、専門医の指示に従う |
よくある質問
ご自身の症状が瘢痕性脱毛症かもしれないとご不安な方、または具体的なセルフチェックの方法についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事も合わせてご覧ください。
Reference
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