薬剤性脱毛症とは?

薬剤性脱毛症とは?

最近、抜け毛が増えたと感じていませんか? もしかしたら、日常的に服用しているお薬がその原因かもしれません。

「薬剤性脱毛症」とは、特定の薬剤の副作用として起こる脱毛のことです。

この記事では、薬剤性脱毛症の基本的な知識から、原因となる薬剤の種類、現れる症状、ご自身でできるチェック方法、そして医師による治療や回復までの道のり、予防策について詳しく解説します。

この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック統括院長 前田 祐助
Dr.前田 祐助

AGAメディカルケアクリニック 統括院長

前田 祐助

【経歴】

慶應義塾大学医学部医学研究科卒業

慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了

大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設

2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設

院長プロフィール

資格・所属学会・症例数

【資格】

  • 医師免許
  • ⽇本医師会認定産業医
  • 医学博士

【所属学会】

  • 日本内科学会
  • 日本美容皮膚科学会
  • 日本臨床毛髪学会

【症例数】

3万人以上※

※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数

目次

薬剤性脱毛症とは?原因薬剤と回復までの道のり

薬剤性脱毛症は、特定の薬物治療が引き金となって毛髪が抜ける状態を指します。

多くの場合、原因となる薬剤の使用を中止したり変更したりすることで、毛髪は再び生えてくる可能性がありますが、その道のりには個人差があります。

薬剤性脱毛症の基本的な理解

薬剤性脱毛症は、医薬品の服用や注射などが原因で起こる脱毛症状全般を指します。風邪薬のような一般的な薬剤から、特定の疾患治療に用いる専門的な薬剤まで、様々なものが原因となり得ます。

薬剤による脱毛の定義

薬剤の副作用の一つとして、毛髪の成長サイクルである毛周期が乱れたり、毛髪を作り出す毛母細胞が直接的なダメージを受けたりすることで脱毛が起こります。

これは、薬剤が体内で作用する際に、毛髪の成長に必要な働きを阻害してしまうために生じます。

他の脱毛症との違い

男性型脱毛症(AGA)や円形脱毛症など、他の脱毛症とは発生の背景が異なります。AGAは主に遺伝や男性ホルモンの影響が考えられ、円形脱毛症は自己免疫疾患が関与していることが多いとされます。

薬剤性脱毛症は、これらの脱毛症とは異なり、明確な外的要因(薬剤)によって引き起こされる点が大きな特徴です。

主な原因となる薬剤

原因薬剤の種類

薬剤性脱毛症を引き起こす可能性のある薬剤は多岐にわたります。特に注意が必要なのは、細胞増殖を抑える作用を持つ薬剤や、ホルモンバランスに影響を与える薬剤などです。

抗がん剤と脱毛

抗がん剤は、薬剤性脱毛症の代表的な原因薬剤としてよく知られています。

抗がん剤は、がん細胞のような分裂の速い細胞を攻撃する目的で使用しますが、正常な細胞の中でも分裂が活発な毛母細胞も影響を受けやすく、その結果、高頻度で脱毛の副作用が現れます。

抗がん剤が毛母細胞を傷つけて成長期脱毛を起こす様子の断面図

脱毛の程度は、使用する抗がん剤の種類や量、投与期間によって異なります。

インターフェロン治療と脱毛リスク

インターフェロンは、C型肝炎や一部のがん治療などに用いられる薬剤ですが、これも脱毛を引き起こす可能性があります。

インターフェロン製剤の副作用として、毛周期に影響を与え、休止期脱毛を引き起こすことが報告されています。

インターフェロンが毛周期を休止期へ早送りする過程の図解

すべての患者さんに脱毛が起こるわけではありませんが、注意が必要な薬剤の一つです。

その他の原因薬剤の可能性

上記以外にも、以下のような薬剤が薬剤性脱毛症の原因となることがあります。

  • 抗てんかん薬
  • 抗甲状腺薬
  • 一部の降圧薬
  • 脂質異常症治療薬
  • 抗凝固薬(ワルファリンなど)
抗てんかん薬や降圧薬など各カテゴリを示すシンボルアイコン列

これらの薬剤を服用していて脱毛の症状が現れた場合は、自己判断で中止せず、必ず処方した医師に相談してください。

代表的な原因薬剤と脱毛の関連性

薬剤カテゴリー代表的な薬剤例脱毛の主な特徴
抗がん剤ドキソルビシン、シクロホスファミドなど高頻度、成長期脱毛、急速な脱毛
インターフェロン製剤インターフェロンα、ペグインターフェロン休止期脱毛、比較的緩やかな脱毛
免疫抑制剤メトトレキサート、アザチオプリン用量依存性、休止期脱毛の可能性

薬剤性脱毛症からの回復

薬剤性脱毛症の多くは可逆的であり、原因となった薬剤の使用を中止または変更することで、回復が期待できます。しかし、回復までの期間や程度には個人差があります。

薬剤中止後の毛髪再生

原因薬剤の使用を止めると、ダメージを受けていた毛母細胞の機能が徐々に回復し、新しい毛髪が再生を始めます。

多くの場合、数ヶ月から半年程度で新しい髪が生え始め、1年から1年半ほどで元の状態近くまで回復することが一般的です。ただし、毛周期のサイクルや個人の体質により、回復のスピードは異なります。

回復期間の目安と個人差

回復期間は、使用した薬剤の種類、投与量、期間、そして個人の健康状態や年齢など、多くの要因に影響されます。

抗がん剤による脱毛の場合、治療終了後2~3ヶ月で産毛が生え始め、6ヶ月~1年で元の毛量に近づくことが多いですが、髪質が変わることもあります。

医師との連携の重要性

薬剤性脱毛症が疑われる場合、まずは処方した医師や皮膚科専門医に相談することが最も重要です。医師は原因薬剤の特定や、治療方針の決定、回復に向けたアドバイスを行います。

自己判断で薬剤の服用を中止することは、原疾患の悪化を招く可能性があるため、絶対に避けてください。

あなたの抜け毛、その薬が原因かも?薬剤性脱毛症の症状

薬剤性脱毛症の症状は、原因となる薬剤の種類や個人の体質によって様々です。どのような症状が現れるのかを知っておくことは、早期発見と適切な対応につながります。

薬剤性脱毛症の典型的な症状

薬剤性脱毛症で最も一般的な症状は、頭部全体のびまん性の脱毛です。特定の部位だけが抜けるのではなく、全体的に髪の毛が薄くなる薄毛の状態が特徴です。

頭部全体のびまん性脱毛

髪の毛が全体的に均等に少なくなる症状です。AGA(男性型脱毛症)のように生え際や頭頂部が特に薄くなるパターンとは異なり、頭部全体で毛髪密度が低下します。

これにより、地肌が透けて見えるようになることがあります。

脱毛の進行速度とパターン

脱毛の進行速度は、薬剤の種類によって大きく異なります。抗がん剤など細胞毒性の強い薬剤の場合、薬剤投与開始後数週間以内に急速に脱毛が進行することがあります。

一方、他の薬剤では、数ヶ月かけてゆっくりと薄毛が進行するケースもあります。

パターンとしては、前述の通りびまん性脱毛が主ですが、薬剤によっては円形脱毛症のような局所的な脱毛を引き起こすことも稀にあります。

頭皮以外の体毛への影響

体毛への影響

薬剤性脱毛症は、頭髪だけでなく、眉毛、まつ毛、髭、腋毛、陰毛など、全身の体毛に影響を及ぼすことがあります。特に抗がん剤治療では、全身の毛が抜けることも珍しくありません。

これも薬剤性脱毛症の症状の一つとして認識しておくことが大切です。

症状が現れるタイミング

薬剤性脱毛症の症状が現れるタイミングは、薬剤の種類や毛周期との関連によって異なります。

薬剤開始から症状発現までの期間

一般的に、抗がん剤のような強力な薬剤では、投与開始から2~4週間程度で脱毛が始まることが多いです。その他の薬剤では、数ヶ月以上経過してから徐々に症状が現れることもあります。

この時間差は、薬剤が毛母細胞や毛周期に影響を与える仕方の違いによるものです。

毛周期との関連性

毛髪には成長期、退行期、休止期というサイクル(毛周期)があります。薬剤性脱毛症は、この毛周期のいずれかの段階に薬剤が作用することで起こります。

例えば、抗がん剤は成長期の毛母細胞の分裂を強く抑制するため、「成長期脱毛」を引き起こします。これにより、急速かつ広範囲な脱毛が起こりやすいです。

一方、一部の薬剤は毛髪を早期に休止期へ移行させ、「休止期脱毛」を引き起こします。この場合、脱毛は比較的緩やかに進行する傾向があります。

薬剤性脱毛症の主な症状と特徴

症状詳細注意点
びまん性脱毛頭部全体の毛髪が均等に薄くなるAGAとの区別が必要な場合がある
急速な脱毛数週間以内に大量の抜け毛が見られる主に抗がん剤治療で見られる
体毛の脱毛眉毛、まつ毛、その他の体毛も抜けることがある薬剤の種類や感受性による

注意すべき初期症状

薬剤性脱毛症を疑うべき初期のサインには、以下のようなものがあります。これらの症状に気づいたら、早めに医師に相談しましょう。

薬剤性脱毛症の初期サイン

  • シャンプー時やブラッシング時の抜け毛が急に増えた
  • 枕につく抜け毛の量が増えた
  • 髪の毛全体のボリュームが減ったように感じる
  • 頭皮にかゆみや刺激感を感じる(薬剤による場合)

3分でできる – 薬剤性脱毛症セルフチェック

服薬状況と抜け毛を確認するセルフチェック用チェックリストのイラスト

「もしかして、この抜け毛は薬のせい?」と感じたら、簡単なセルフチェックを試してみましょう。ただし、これはあくまで目安であり、正確な診断は医師による診察が必要です。

セルフチェックの重要性

薬剤性脱毛症は、原因となる薬剤を特定し、適切な対応をとることで回復が期待できる脱毛症です。

セルフチェックを行うことで、薬剤と脱毛の関連性に早期に気づき、医師への相談のきっかけを作ることができます。

特に複数の薬剤を服用している場合や、新しい薬剤を飲み始めたタイミングでの症状の変化には注意が必要です。

服用中の薬剤リストの確認

まず、現在服用しているすべての薬剤(処方薬、市販薬、サプリメントを含む)をリストアップしましょう。

お薬手帳の活用

お薬手帳は、服用している薬剤の情報を正確に把握するために非常に役立ちます。薬剤名、用法・用量、服用開始日などを確認しましょう。医師に相談する際にも、お薬手帳を持参するとスムーズです。

薬剤の添付文書確認

各薬剤には添付文書があり、副作用の項目に脱毛に関する記載があるか確認できます。ただし、記載がない場合でも、薬剤性脱毛症の可能性が完全に否定されるわけではありません。

脱毛の状況チェック

次に、ご自身の脱毛や薄毛の状況を客観的に把握します。

抜け毛の量の変化

シャワーの排水溝にたまる髪の毛の量や、枕につく抜け毛の量が以前と比べて明らかに増えていないか確認します。1日の抜け毛の正常範囲は50~100本程度とされますが、急激な増加は注意信号です。

頭皮の状態観察

頭皮に赤み、湿疹、フケなどの異常がないか確認します。薬剤によっては、頭皮への刺激が脱毛の原因となることもあります。

生活習慣との関連チェック

最近の生活習慣の変化も考慮に入れます。過度なストレス、睡眠不足、栄養バランスの偏りなども、抜け毛を助長する要因となることがあります。

これらが薬剤の副作用と複合的に影響している可能性も考えられます。

薬剤性脱毛症セルフチェック項目

チェック項目はいいいえ
最近、新しい薬を飲み始めた、または薬の種類や量が変わった
服用中の薬の副作用に「脱毛」の記載がある
抜け毛の量が急に増えたと感じる
髪全体が薄くなった、地肌が透けて見えるようになった
頭皮にかゆみや赤みがある

「はい」が多い場合は、薬剤性脱毛症の可能性を考慮し、医師に相談することをお勧めします。

医師に相談する際に伝えるべき情報

  • 服用中のすべての薬剤名、用法、用量、服用期間
  • 脱毛が始まった時期や進行の様子
  • 脱毛以外の症状(頭皮のかゆみ、体調変化など)
  • 既往歴やアレルギー歴

なぜ薬で髪が抜ける?薬剤性脱毛症の仕組み

薬剤がどのようにして脱毛を引き起こすのか、その仕組みを理解することは、薬剤性脱毛症への不安を和らげ、適切な対処法を考える上で役立ちます。

毛髪の成長サイクル(毛周期)

髪の毛は、一定のサイクルで生まれ変わりを繰り返しています。これを毛周期と呼び、主に「成長期」「退行期」「休止期」の3つの期間から成り立っています。

成長期、退行期、休止期

成長期・退行期・休止期の毛周期

成長期は、毛母細胞が活発に分裂・増殖し、髪の毛が太く長く成長する期間です。通常、頭髪の約85~90%がこの状態にあります。期間は2~6年程度です。

退行期は、毛母細胞の分裂が停止し、毛球部が萎縮し始める期間です。約2~3週間続きます。

休止期は、毛髪の成長が完全に止まり、毛根が浅い位置に留まっている状態です。約3~4ヶ月続き、この期間の終わりに毛髪は自然に抜け落ち(自然脱毛)、新しい成長期の毛髪に場所を譲ります。

頭髪の約10~15%が休止期にあります。

薬剤が毛母細胞に与える影響

薬剤性脱毛症の多くは、薬剤が毛母細胞の働きを直接的または間接的に障害することで発生します。

毛母細胞の分裂抑制

毛母細胞は、体内で最も細胞分裂が活発な細胞の一つです。抗がん剤などの一部の薬剤は、細胞分裂を抑制する作用を持つため、毛母細胞の正常な分裂を妨げます。

これにより、健康な毛髪が作られなくなり、脱毛に至ります。これは、薬剤の副作用として毛母細胞がダメージを受ける典型的な例です。

成長期毛の脱毛

抗がん剤による脱毛は、主に成長期にある毛髪が影響を受ける「成長期脱毛(anagen effluvium)」です。

毛母細胞が急激にダメージを受けるため、毛髪は十分に成長する前に、毛幹が途中で切れたり、毛根から抜け落ちたりします。このため、脱毛は比較的急速に、広範囲に起こります。

休止期毛の脱毛

一方、一部の薬剤(例:一部の降圧薬、抗凝固薬、インターフェロンなど)は、成長期にある毛髪を通常よりも早く休止期に移行させてしまうことがあります。

これを「休止期脱毛(telogen effluvium)」と呼びます。休止期に入った毛髪は、数ヶ月後に自然に抜け落ちるため、脱毛は薬剤投与開始から数ヶ月後に現れ、比較的緩やかに進行する傾向があります。

このタイプの脱毛は、出産後や大きな手術後、過度なストレスなどでも見られます。

薬剤の種類による脱毛の仕組みの違い

薬剤の種類によって、毛母細胞や毛周期への影響の仕方が異なります。

例えば、抗がん剤は成長期にある毛母細胞の分裂を強力に阻害しますが、インターフェロンや一部のホルモン剤は、毛周期の調整に関わる因子に影響を与え、休止期脱毛を誘発することがあります。

C型肝炎の治療で用いられる薬剤も、この休止期脱毛が原因となることがあります。

毛周期の各段階と薬剤の影響

毛周期の段階主な特徴薬剤による影響の例
成長期毛母細胞が活発に分裂し、毛髪が成長する抗がん剤などが毛母細胞の分裂を阻害し、成長期脱毛を引き起こす
退行期毛母細胞の分裂が停止し、毛球が萎縮する薬剤がこの期間を短縮または延長させる可能性は低いとされる
休止期毛髪の成長が完全に停止し、自然脱毛の準備をする一部の薬剤が毛髪を早期に休止期へ移行させ、休止期脱毛を引き起こす

薬剤性脱毛症の検査と診断

お薬手帳を持って医師に相談する男性患者

薬剤性脱毛症が疑われる場合、正確な診断のためには専門の医師による診察が重要です。医師は、問診や視診、必要に応じた検査を通じて、脱毛の原因を特定し、他の脱毛症との鑑別を行います。

専門医による問診の重要性

診断の第一歩は、詳細な問診です。医師は患者さんから以下の情報を丁寧に聞き取ります。

服用薬剤と既往歴の確認

現在および過去に服用したすべての薬剤(処方薬、市販薬、サプリメント、漢方薬を含む)について、種類、量、服用期間などを詳しく確認します。お薬手帳を持参すると、正確な情報伝達に役立ちます。

また、甲状腺疾患、膠原病、C型肝炎などの既往歴や、アレルギー歴も重要な情報となります。

脱毛の経緯と症状の詳細聴取

いつから脱毛が始まったか、どのくらいの速さで進行しているか、抜け毛の量や質(細い毛、短い毛など)に変化はあるか、頭皮にかゆみや痛みなどの症状はあるかなどを詳しく聞き取ります。

家族歴(遺伝性の薄毛の有無)についても確認することがあります。

視診と触診による頭皮・毛髪検査

医師は、頭皮全体の状態や毛髪の密度、太さ、色、光沢などを視診で確認します。

また、軽く毛髪を引っ張る「牽引試験(pull test)」を行い、抜けやすい毛髪の量や状態(毛根の形状など)を調べることもあります。

これにより、成長期脱毛か休止期脱毛かの手がかりを得ることができます。

必要に応じた追加検査

問診や視診だけでは診断が難しい場合や、他の脱毛症との鑑別が必要な場合には、追加の検査を行うことがあります。

血液検査の目的

全身状態の把握や、脱毛の原因となりうる他の疾患(甲状腺機能異常、鉄欠乏性貧血、膠原病など)を除外するために血液検査を行うことがあります。

特定の薬剤の副作用をモニタリングする目的でも実施されます。

皮膚生検の検討

診断が困難な場合や、他の皮膚疾患との鑑別が重要な場合には、頭皮の一部を小さく採取して顕微鏡で調べる皮膚生検(スカルプバイオプシー)を行うことがあります。

これにより、毛包の状態や炎症の有無などを詳細に評価できます。

他の脱毛症との鑑別診断

薬剤性脱毛症の診断では、男性型脱毛症(AGA)、円形脱毛症、脂漏性脱毛症、膠原病に伴う脱毛など、他の原因による脱毛症との鑑別が重要です。

それぞれの脱毛症には特徴的な症状や検査所見があり、医師はこれらを総合的に判断して診断を下します。

薬剤性脱毛症の診断の要点

診断項目確認内容重要性
問診薬剤歴、脱毛の経緯、既往歴、家族歴原因薬剤の特定と他の要因の排除に不可欠
視診・触診脱毛のパターン、頭皮の状態、毛髪の質、牽引試験脱毛のタイプ(成長期/休止期)の推定
追加検査血液検査、皮膚生検(必要に応じて)他の脱毛症との鑑別、全身状態の評価

薬剤性脱毛症の治療法

薬剤性脱毛症の治療の基本は、原因となっている薬剤を特定し、可能であればその使用を中止または変更することです。

それに加えて、発毛をサポートする治療や、脱毛期間中の生活の質を維持するためのケアが行われます。

原因薬剤の特定と対応

薬剤変更と発毛ケアへの流れを示す治療フローチャート

最も重要な治療は、脱毛を引き起こしている薬剤への対応です。これは医師の判断のもと、慎重に行う必要があります。

医師による薬剤の変更・中止の判断

医師は、脱毛の原因と考えられる薬剤の重要性(原疾患の治療にどれだけ必要か)と、脱毛の程度や患者さんの希望を総合的に考慮し、薬剤の変更、減量、または中止を検討します。

代替薬がある場合は、そちらへの切り替えを提案することもあります。この判断は専門的な知識を要するため、必ず医師の指示に従ってください。

自己判断での薬剤中止の危険性

服用中の薬剤を自己判断で中止したり、量を減らしたりすることは非常に危険です。原疾患が悪化したり、予期せぬ副作用が現れたりする可能性があります。

脱毛が気になっても、まずは処方医に相談することが鉄則です。

発毛を促す治療

原因薬剤への対応と並行して、毛髪の回復を助けるための治療が行われることがあります。ただし、薬剤性脱毛症に対する特効薬は現在のところ確立されていません。

外用薬や内服薬の選択肢

ミノキシジル外用薬は、血管拡張作用や毛母細胞への直接的な作用により発毛を促す効果が期待され、男性型脱毛症(AGA)の治療薬として知られていますが、薬剤性脱毛症の回復期に使用されることもあります。

ただし、その効果は限定的である場合もあります。内服薬については、薬剤性脱毛症に特化したものは少なく、医師が個々の状況に応じて判断します。

薄毛治療に用いられる他の薬剤が適用されることもありますが、副作用のリスクも考慮しなければなりません。

頭皮環境を整えるケア

健康な髪が育つためには、良好な頭皮環境が大切です。低刺激性のシャンプーを使用し、頭皮を清潔に保つこと、血行を促進するための頭皮マッサージなどが推奨されることがあります。

ただし、過度なマッサージは逆効果になることもあるため、医師や専門家のアドバイスを受けると良いでしょう。

脱毛期間中のQOL維持

脱毛は外見に大きな変化をもたらすため、精神的な負担を感じる方も少なくありません。脱毛期間中の生活の質(QOL)を維持するための工夫も重要です。

ウィッグや帽子の活用

ウィッグ(かつら)や帽子、スカーフなどを活用することで、外見の変化をカバーし、心理的なストレスを軽減できます。最近では、医療用ウィッグも種類が豊富で、自然な見た目のものが増えています。

専門の相談窓口やサロンでアドバイスを受けるのも良いでしょう。

精神的サポートの重要性

脱毛による悩みや不安を一人で抱え込まず、家族や友人、あるいは医師やカウンセラーなどの専門家に相談することも大切です。精神的な安定は、体の回復力にも良い影響を与えると考えられています。

薬剤性脱毛症の治療の選択肢

治療法目的主な内容・注意点
原因薬剤の変更・中止脱毛の根本原因の除去医師の判断が必須。自己判断は禁物。
ミノキシジル外用薬発毛促進、血行改善効果には個人差あり。医師に相談。
頭皮ケア頭皮環境の改善低刺激シャンプー、適切なマッサージ。
ウィッグ・帽子など外見のカバー、QOL維持心理的負担の軽減。

脱毛中の頭皮ケアポイント

  • 低刺激性のシャンプーを選ぶ
  • 爪を立てずに指の腹で優しく洗う
  • ドライヤーは頭皮から離して、熱風を当てすぎない
  • 直射日光を避ける(帽子や日傘の活用)

薬剤性脱毛症を防ぐ – 服薬前に知っておきたい予防策

すべての薬剤性脱毛症を完全に予防することは難しいですが、薬剤を服用する前にいくつかの点に注意することで、リスクを低減したり、早期に対応したりすることが可能です。

薬剤服用開始前の医師との相談

新しい薬剤の治療を開始する前や、長期的に薬剤を服用する必要がある場合は、医師や薬剤師に脱毛の副作用の可能性について事前に確認しておくことが大切です。

脱毛リスクの説明を受ける

服用する薬剤に脱毛の副作用が報告されているか、その頻度や程度はどのくらいか、といった情報を医師から得ておきましょう。

リスクを理解しておくことで、万が一症状が現れた場合にも冷静に対処できます。

代替薬の検討可能性

もし脱毛のリスクが高い薬剤で、かつ同等の効果が期待できる代替薬が存在する場合には、医師と相談の上で変更を検討することも一つの方法です。

ただし、原疾患の治療が最優先されるため、必ずしも代替薬があるとは限りません。

薬剤性脱毛症のリスクが高い薬剤

特に抗がん剤やインターフェロン製剤など、脱毛の副作用が比較的多く報告されている薬剤については、事前の対策が検討されることがあります。

抗がん剤治療と頭皮冷却療法

抗がん剤治療による脱毛を軽減する方法の一つとして、「頭皮冷却療法」があります。

これは、抗がん剤投与中に特殊なキャップで頭皮を冷却することで、頭皮への血流を減少させ、毛母細胞への抗がん剤の到達量を減らすことを目的としたものです。

すべての抗がん剤や患者さんに有効とは限りませんが、一部の施設で導入されています。関心がある場合は、治療開始前に医師に相談してみましょう。

日常生活でできること

直接的な予防策とは言えませんが、健康な毛髪を維持するためには、日頃の生活習慣も重要です。

バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動、ストレスを溜めない工夫などが、間接的に毛髪の健康をサポートします。

バランスの取れた食事

髪の毛の主成分であるタンパク質(特にケラチン)や、その合成を助ける亜鉛、ビタミン類(特にビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE)などをバランス良く摂取することが、健康な毛髪の育成に繋がります。

ストレス管理

過度なストレスは自律神経やホルモンバランスを乱し、頭皮の血行不良や毛周期の乱れを引き起こす可能性があります。自分に合ったリフレッシュ方法を見つけ、心身の健康を保つよう心がけましょう。

薬剤性脱毛症の予防に関するポイント

項目具体的な内容期待されること
医師への事前相談脱毛リスクの確認、代替薬の検討リスクの把握、可能な範囲での回避
頭皮冷却療法(抗がん剤)抗がん剤投与中の頭皮冷却脱毛の軽減(一部のケース)
生活習慣の見直しバランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレス管理毛髪の健康維持、回復力のサポート

薬剤性脱毛症Q&A – よくある疑問と専門医の回答

薬剤性脱毛症に関して、患者さんからよく寄せられる疑問とその回答をまとめました。

薬剤性脱毛症は必ず治りますか?

多くの場合、薬剤性脱毛症は原因となった薬剤の使用を中止または変更することで回復が期待できます。

毛母細胞が永続的なダメージを受けていなければ、毛周期が正常化するにつれて再び毛髪が生えてきます。

ただし、回復までの期間や程度には個人差があり、まれに完全には元に戻らないケースや、髪質が変わることもあります。不安な場合は、医師にご相談ください。

脱毛の副作用がない薬はありますか?

残念ながら、すべての薬剤において脱毛の副作用が全くないとは言い切れません。薬剤は体にとって異物であり、何らかの反応を引き起こす可能性があるためです。

しかし、脱毛の副作用が報告されている頻度は薬剤によって大きく異なり、多くの薬剤ではそのリスクは低いか、あるいは非常にまれです。

医師は、治療効果と副作用のリスクを総合的に判断して薬剤を選択しています。

C型肝炎の治療で髪が抜けるのはなぜですか?

C型肝炎の治療に用いられることがあるインターフェロン製剤や一部の抗ウイルス薬は、副作用として脱毛を引き起こすことが知られています。

これは、これらの薬剤が毛周期に影響を与え、毛髪を休止期に移行させやすくするため(休止期脱毛)と考えられています。

ただし、最近のC型肝炎治療では、インターフェロンを使用しない新しい経口抗ウイルス薬が主流となっており、これらの薬剤では脱毛の頻度は低いと報告されています。

詳しくは担当の医師にご確認ください。

育毛剤は効果がありますか?

一般的に市販されている育毛剤の多くは、頭皮環境を整えたり、血行を促進したりすることを目的とした医薬部外品です。

薬剤性脱毛症の直接的な治療効果が医学的に証明されているわけではありません。ただし、原因薬剤中止後の回復期に、頭皮環境を良好に保つ目的で使用することは一概に否定できません。

ミノキシジル配合の発毛剤(第一類医薬品)については、医師や薬剤師に相談の上、使用を検討することがあります。薄毛治療に関しては、自己判断せず専門医のアドバイスを求めることが重要です。

薬剤性脱毛症と遺伝は関係ありますか?

薬剤性脱毛症の直接的な原因は薬剤であり、遺伝が直接関与するわけではありません。

ただし、薬剤に対する感受性や副作用の現れやすさには個人差があり、その背景に何らかの遺伝的素因が関わっている可能性は完全には否定できません。

しかし、男性型脱毛症(AGA)のように遺伝的要因が強く関与する脱毛症とは区別して考える必要があります。

薬剤性脱毛症の症状とセルフチェックについてもっと詳しく

ご自身の抜け毛が薬剤によるものか気になる方、具体的な症状やご自身でできるチェック方法について、さらに詳しい情報を知りたい方は、こちらの「薬剤性脱毛症の症状とセルフチェックの仕方」も合わせてご覧ください。

Reference

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