健康な髪を育むためには頭皮環境を整えることが重要です。その鍵を握る栄養素の一つが「マグネシウム」。
私たちの体内で300種類以上の酵素の働きを助けるこのミネラルは、実は髪の毛の成長と深く関わっています。
この記事では、なぜマグネシウムが髪と頭皮にとって大切なのか、不足するとどのような影響があるのか、そして日々の生活で効果的に補う方法まで専門的な観点から詳しく解説します。
健やかな頭皮と髪を目指すための知識を深めましょう。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
髪の健康にマグネシウムが重要な理由
マグネシウムは私たちの生命維持に欠かせない必須ミネラルの一つです。
骨の健康や筋肉の収縮、神経伝達などその役割は多岐にわたりますが、髪の毛の健康維持においても非常に重要な働きを担っています。
体内でのマグネシウムの基本的な働き
体内に存在するマグネシウムの多くは骨に貯蔵されていますが、細胞内にも広く分布し、エネルギー産生や体温調節など基本的な生命活動を支えています。
特に体内の様々な化学反応を助ける「補酵素」としての役割は、健康な体を維持する上で中心的な機能です。
マグネシウムが関与する主な身体機能
機能カテゴリ | 具体的な働き | 髪への間接的な影響 |
---|---|---|
エネルギー産生 | 食事から得た栄養をエネルギーに変える。 | 毛母細胞の活動エネルギーを供給する。 |
タンパク質合成 | 遺伝情報に基づき、体を作るタンパク質を合成する。 | 髪の主成分であるケラチンの生成を助ける。 |
神経伝達の調節 | 神経の興奮を鎮め、精神的な安定に関与する。 | ストレスによる頭皮の血行不良を緩和する。 |
髪の主成分ケラチンの合成を助ける
髪の毛の約90%は「ケラチン」というタンパク質で構成されています。マグネシウムは、このケラチンを合成する過程で不可欠な酵素の働きをサポートします。
つまり、マグネシウムが不足すると髪の材料となるタンパク質の合成がスムーズに行われず、髪が細くなったり健やかに成長しにくくなったりする可能性があります。
頭皮の血行促進と健康維持
マグネシウムには筋肉の緊張を和らげ、血管を拡張させる作用があります。この作用により、頭皮の血流が改善します。
頭皮の血行が良くなると髪の成長に必要な栄養素や酸素が毛根の末端までしっかりと届くようになり、毛母細胞が活性化します。
健康な髪は健康な頭皮という土壌から育まれるのです。
マグネシウム不足が髪と頭皮に与える影響
現代の食生活やライフスタイルでは意識しないとマグネシウムが不足しがちです。
マグネシウムが不足すると体だけでなく、髪や頭皮にも様々なサインが現れることがあります。
タンパク質合成の滞りと髪質の低下
マグネシウムが不足すると髪の主成分であるケラチンの合成能力が低下します。このことは新しく生えてくる髪が十分に太く、強くなれない原因となります。
結果として髪にハリやコシがなくなったり、切れ毛や枝毛が増えたりといった髪質の低下を招くことがあります。
マグネシウム不足が引き起こす可能性のある髪の変化
変化の種類 | 具体的な内容 | 考えられる原因 |
---|---|---|
髪の菲薄化 | 髪の毛一本一本が細くなる。 | ケラチン合成の非効率化。 |
成長の遅延 | 髪が伸びるスピードが遅く感じる。 | 毛母細胞のエネルギー不足。 |
頭皮トラブル | 頭皮が乾燥したり、炎症を起こしやすくなる。 | 血行不良とカルシウムの過剰沈着。 |
頭皮の血行不良と石灰化
マグネシウムは体内のカルシウム量を調節する役割も担っています。マグネシウムが不足すると、このバランスが崩れ、余分なカルシウムが血管や頭皮などの軟組織に沈着しやすくなります。
この「石灰化」は血管を硬くし、血行不良を悪化させる一因です。頭皮の血行不良は抜け毛や薄毛の直接的な引き金になりえます。
精神的ストレスとマグネシウムの消費
私たちはストレスを感じると、対抗するために「コルチゾール」というホルモンを分泌します。このコルチゾールの生成過程でマグネシウムが大量に消費されます。
つまり、慢性的なストレスにさらされている人は、そうでない人に比べてマグネシウムを失いやすい状態にあるのです。
ストレスが抜け毛の原因になる一端を、マグネシウム不足が担っている可能性があります。
日常生活でマグネシウムを効果的に摂取する方法
マグネシウムは毎日の食事から意識的に摂取することが基本です。どのような食品に多く含まれているかを知り、バランス良く食事に取り入れる工夫をしましょう。
マグネシウムを豊富に含む食品群
マグネシウムは特定の食品に極端に集中しているわけではなく、様々な食品に含まれています。
特に加工度が低い自然な食品に多い傾向があります。
- 種実類(アーモンド、カシューナッツ、ごま)
- 豆類(大豆、納豆、豆腐)
- 海藻類(わかめ、ひじき、あおさ)
- 魚介類(あさり、いわし)
毎日の食事に上手に取り入れるコツ
毎日特別な料理を用意しなくても、少しの工夫でマグネシウムの摂取量を増やすことができます。
例えば白米に玄米や雑穀を混ぜる、味噌汁に豆腐とわかめを入れる、間食をスナック菓子からナッツに変える、といった簡単なことから始めてみましょう。
マグネシウム摂取量を増やす食事の工夫例
いつもの食事 | 工夫の例 | 期待できる効果 |
---|---|---|
白米のごはん | 玄米や雑穀米を混ぜて炊く。 | 主食から手軽に摂取。 |
パンとコーヒーの朝食 | 全粒粉パンを選び、バナナを加える。 | 食物繊維も同時に摂れる。 |
おやつのチョコレート | アーモンドやくるみなどのナッツ類に。 | 良質な脂質も補給。 |
吸収を助ける栄養素と妨げる要因
マグネシウムはただ摂取するだけでなく、体内で効率よく吸収させることが重要です。ビタミンDはマグネシウムの吸収を助ける働きがあります。
一方で過剰なアルコールの摂取や、リン酸を多く含む加工食品や清涼飲料水の摂りすぎはマグネシウムの吸収を妨げたり、体外への排出を促したりするため注意が必要です。
サプリメントによるマグネシウム補給の考え方
基本は食事からの摂取ですが、食生活が不規則であったり、明確な不足が疑われたりする場合はサプリメントの活用も一つの選択肢となります。
ただし、やみくもに摂取するのではなく、正しい知識を持つことが大切です。
サプリメントの利用を検討するケース
極端な食事制限をしている、外食や加工食品中心の食生活が続いている、強いストレスを日常的に感じている、といった場合には、食事だけでは必要な量を補いきれないことがあります。
このような状況では補助的にサプリメントを利用することを検討しても良いでしょう。
成人の摂取推奨量と上限
日本の厚生労働省が示すマグネシウムの1日あたりの摂取推奨量は、成人男性で340〜370mg、成人女性で270〜290mgです。
一方、サプリメントなどの通常の食品以外からの摂取量の上限は、成人で1日350mgとされています。
この上限を超えて摂取すると下痢などの胃腸症状を引き起こす可能性があります。
マグネシウム摂取量の目安(成人)
摂取源 | 推奨量/上限の目安(1日あたり) | 注意点 |
---|---|---|
食事全体 | 男性: 340-370mg / 女性: 270-290mg | 様々な食品からバランス良く摂る。 |
サプリメント等 | 上限 350mg | 食事からの摂取量と合わせて考慮する。 |
サプリメントを選ぶ際のポイント
マグネシウムのサプリメントには酸化マグネシウムやクエン酸マグネシウムなど様々な種類があります。
種類によって吸収率や特徴が異なります。例えば酸化マグネシウムは安価ですが吸収率が比較的低く、便を柔らかくする作用があります。
自分の体質や目的に合ったものを選ぶことが重要ですが、判断に迷う場合は医師や薬剤師に相談することをお勧めします。
「栄養に気をつけているのに」なぜあなたの髪は応えてくれないのか
「マグネシウムが良いと聞いて、ナッツや海藻を毎日食べている。それなのに一向に髪の状態が良くならない」。このように感じる方は少なくありません。
栄養摂取は重要ですが、それだけでは解決しないのが薄毛の悩みです。その背景にある見過ごされがちな要因を解説します。
ストレスによる「栄養の空費」
あなたが気づいていない、あるいは「これくらい普通だ」と思っている日々のプレッシャーや疲労。これらが体内でマグネシウムを始めとする貴重な栄養素をどんどん消費している可能性があります。
せっかく食事で補給しても、ストレスという穴の空いたバケツから栄養が漏れ出てしまい、髪まで届いていないのです。
まずは自身のストレスレベルを客観的に見つめ直すことが、第一歩かもしれません。
腸内環境という「栄養吸収の関所」
どんなに良い栄養素を口から摂取しても、それを吸収する腸内環境が整っていなければ意味がありません。
腸内環境の乱れは栄養素の吸収率を著しく低下させます。あなたの努力が、腸という関所を通過できずに、そのまま体外へ排出されているとしたらどうでしょうか。
食生活を見直す際は摂取する食品だけでなく、腸の健康状態にも目を向ける必要があります。
栄養が髪に届かない隠れた要因
要因 | 内容 | セルフチェックの視点 |
---|---|---|
慢性的なストレス | 栄養素(特にマグネシウム)の消費を増大させる。 | 十分な睡眠が取れているか?リラックスする時間はあるか? |
腸内環境の悪化 | 摂取した栄養の吸収効率を低下させる。 | 便通は正常か?お腹の張りを感じやすいか? |
AGAの進行 | 男性ホルモンの影響で、栄養が届いても発毛しにくい。 | 抜け毛のパターンはM字型や頭頂部からか? |
栄養だけでは超えられないAGAという壁
そして最も重要な点は男性型脱毛症(AGA)が進行している場合、栄養管理だけで薄毛の進行を止め、髪を回復させることには限界があるという事実です。
AGAの根本原因は遺伝や男性ホルモンの影響によるものです。この強力な脱毛の働きを栄養素だけで覆すことは極めて困難です。
マグネシウムの摂取は、あくまで治療の土台となる頭皮環境を整えるための「守りのケア」と考えるべきです。
AGA治療における栄養の本当の役割
私たちクリニックでは栄養指導を治療の補助として重要視しています。しかしそれは栄養だけで治すためではありません。
フィナステリドやミノキシジルといった医学的根拠のある治療でAGAの進行を止め、発毛を促す。
その効果を最大化し、生えてきた髪をより健康に育てるために、マグネシウムなどの栄養素によるサポートが活きてくるのです。
あなたの努力が無駄にならないように、まずは専門的な診断でご自身の状態を正確に知ることが大切です。
食事以外のマグネシウム活用法
マグネシウムは食事からだけでなく、皮膚を通して吸収させる「経皮吸収」という方法でも補給が可能です。
リラックス効果も期待できるため、日々のケアに取り入れてみるのも良いでしょう。
経皮吸収というアプローチ
皮膚からマグネシウムを吸収させる方法は消化器官を経由しないため、胃腸が弱い人でも取り入れやすいという利点があります。
直接頭皮や全身のケアに活用できます。
- 入浴剤として使用(エプソムソルト)
- オイル状の製品をマッサージに使用
エプソムソルト(硫酸マグネシウム)入浴
エプソムソルトは名前にソルトとありますが塩ではなく、硫酸マグネシウムの結晶です。
お風呂に入れることで、皮膚からマグネシウムを補給し、血行を促進します。温浴効果との相乗効果で、心身のリラックスや疲労回復にもつながり、ストレスケアとしても有効です。
エプソムソルト入浴の目安
項目 | 内容 | ポイント |
---|---|---|
湯温 | 38〜40℃程度のぬるめのお湯 | リラックスしやすい温度で。 |
量 | 一般的な浴槽(約150-200L)に150〜300g | 製品の推奨量を参考に。 |
時間 | 15〜20分程度 | 長時間の入浴は避ける。 |
マグネシウムオイルによる頭皮マッサージ
塩化マグネシウムを主成分とするマグネシウムオイルを使い、頭皮を直接マッサージする方法もあります。頭皮の血行を直接的に促し、毛根に栄養を届ける手助けをします。
シャンプー前の乾いた頭皮に使用し、優しくマッサージした後、洗い流すのが一般的です。
ただし、肌が敏感な人は刺激を感じることがあるため、少量から試すようにしてください。
マグネシウムに関するよくある質問
ここではマグネシウムと髪の関係について、患者さんからよくいただく質問とその回答を紹介します。
- マグネシウムのサプリを飲めば髪は生えますか?
-
マグネシウムのサプリメントを飲むだけで、薄毛が改善したり髪が生えたりすることはありません。
マグネシウムはあくまで髪が健やかに育つための土台を整える栄養素の一つです。
もし薄毛の原因が男性型脱毛症(AGA)である場合、医学的根拠のある治療(フィナステリドやミノキシジルなど)を行わない限り、進行を止めることは困難です。
栄養は治療の補助として重要です。
栄養とAGA治療の関係性
アプローチ 役割 限界 マグネシウム摂取 頭皮環境の改善、髪の材料補給(守り) AGAの進行抑制や発毛促進はできない。 AGA治療薬 脱毛原因の抑制、発毛促進(攻め) 栄養不足だと効果が十分に発揮されない場合がある。 - どのくらいで効果が分かりますか?
-
食事やサプリメントでマグネシウム摂取を心掛けた場合、体内の栄養状態が変化し、髪質や頭皮の健康に良い影響が現れるまでには、少なくとも3ヶ月から6ヶ月はかかると考えましょう。
髪にはヘアサイクルがあるため、すぐに目に見える変化を期待するのではなく、長期的な視点で継続することが大切です。
- 摂りすぎによる副作用はありますか?
-
通常の食事からマグネシウムを摂取する場合、過剰摂取になる心配はほとんどありません。腎機能が正常であれば余分なマグネシウムは尿として排出されます。
ただし、サプリメントで一度に大量に摂取すると、吸収されなかったマグネシウムが腸内に水分を引き込み、お腹が緩くなる(下痢)ことがあります。
サプリメントを使用する場合は製品に記載された目安量を守ってください。
以上
参考文献
KONDRAKHINA, Irina N., et al. A cross-sectional study of plasma trace elements and vitamins content in androgenetic alopecia in men. Biological Trace Element Research, 2021, 199: 3232-3241.
KONDRAKHINA, Irina N., et al. Plasma zinc levels in males with androgenetic alopecia as possible predictors of the subsequent conservative therapy’s effectiveness. Diagnostics, 2020, 10.5: 336.
RAJENDRASINGH, J. R. Role of non-androgenic factors in hair loss and hair regrowth. J Cosmo Trichol, 2017, 3.2: 118.
KONDRAKHINA, Irina N., et al. Parietal and occipital hair loss patterns in initial stages of androgenic alopecia in men. Vestnik dermatologii i venerologii, 2023, 99.3: 33-43.
NTSHINGILA, Sincengile, et al. Androgenetic alopecia: An update. JAAD international, 2023, 13: 150-158.