AGA治療を続けている方にとって、パートナーとの妊活は大きな決断の時です。
「治療を続けながら妊活しても、将来の子どもに影響はないのだろうか」「でも、薬をやめたらまた薄毛が進行してしまう」といった、深刻な悩みを抱える方も少なくありません。
この記事では妊活中のAGA治療に関して、特にフィナステリドやデュタステリドといった内服薬の服薬における医学的な注意事項と制限を詳しく解説します。
正しい知識を身につけ、医師と相談しながら、ご自身とご家族にとって最善の道を選択しましょう。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
妊活とAGA治療は両立できるのか
結論から言うと、AGA治療の内容を調整することで妊活との両立は可能です。
しかし、そのためにはAGA治療薬が妊活、特に胎児に与える影響を正しく理解し、医師の指導のもとで適切な対応をとることが絶対条件となります。
AGA治療薬が妊活に与える影響の基本
AGA治療で主に用いられる内服薬(フィナステリド、デュタステリド)は、男性ホルモンに作用する薬です。
これらの薬剤成分が男性の精子を介して、あるいは女性が薬剤に直接触れることで、胎児の発育に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
特に男児の生殖器の正常な発達を阻害するリスクがあるため、妊活期間中および妊娠中の取り扱いには厳重な注意が必要です。
自己判断による服薬中断のリスク
妊活を理由に自己判断で急に服薬を中断すると、AGAの進行が再び始まる可能性があります。
治療によって抑制されていた脱毛ホルモン(DHT)の働きが元に戻り、休薬期間中に薄毛が治療前の状態まで後退してしまうことも少なくありません。
治療の再開や休止のタイミングは、必ず医師と相談して決定することが重要です。
AGA治療薬の妊活における主な懸念点
薬剤の種類 | 主な懸念事項 | 必要な対応 |
---|---|---|
フィナステリド内服薬 | 男児胎児の生殖器形成異常のリスク | 妊活開始前の休薬 |
デュタステリド内服薬 | フィナステリドより強い作用と長い半減期 | より長期の休薬期間が必要 |
ミノキシジル外用薬 | 内服薬に比べリスクは低いとされる | 医師への相談は必要 |
医師と相談する重要性
妊活中のAGA治療は、ご自身の髪の悩みだけでなく、パートナーと未来のお子様の健康にも関わるデリケートな問題です。
専門的な知識を持つ医師に相談することで医学的根拠に基づいた安全な治療計画を立てることができます。不安な点は遠慮なく質問し、納得した上で治療方針を決定しましょう。
主要なAGA治療薬の胎児への影響
AGA治療薬の中でも、特にフィナステリドとデュタステリドの内服薬は妊活中に最も注意が必要な薬剤です。
これらの薬がなぜ胎児に影響を与える可能性があるのかを理解しておきましょう。
男性ホルモンと胎児の成長
胎児の性別が男性に決まると、その生殖器が正常に発達するためには男性ホルモン(特にDHT)の働きが重要です。
AGA治療薬は、このDHTの産生を抑制する作用を持つため、万が一薬剤成分が母体を通じて胎児に影響を与えた場合、男児の生殖器の健全な発達を妨げる恐れがあります。
精液への移行と影響
服用したAGA治療薬の成分は、ごく微量ながら精液中に移行することが報告されています。
この量が直接的に胎児に影響を及ぼす可能性は極めて低いとされていますが、リスクを完全にゼロと断定することはできません。
このため、安全を最優先に考え、妊活期間中は内服薬を休薬することが原則となります。
精子への影響に関する報告の概要
項目 | 主な研究報告の内容 |
---|---|
精液中の薬剤濃度 | ごく微量であり、影響は限定的とされる |
精子の質(数・運動率) | 一部で可逆的な減少が報告されることもある |
結論 | リスクは低いが、安全のため休薬を推奨 |
パートナーの女性が薬剤に触れるリスク
特に注意が必要なのが、妊娠中の女性が割れたり砕けたりした錠剤に直接触れることです。薬剤の成分が皮膚から吸収され、胎児に影響を及ぼす「経皮吸収」のリスクがあるためです。
錠剤はコーティングされていますが、ピルカッターなどで分割せず、そのままの状態で保管・服用し、パートナーの女性が触れることのないよう厳重に管理してください。
妊活期間中におけるAGA治療の具体的な方針
妊活を決意したら、AGA治療は新たな段階に入ります。医師と相談の上、安全性を最優先した治療計画へと移行します。
一般的には内服薬を休止し、他の方法で現状維持を目指すことになります。
原則として内服薬は休薬
前述の通り、胎児への安全性を考慮して妊活を開始するにあたってはフィナステリドやデュタステリドの内服を一旦中止(休薬)するのが標準的な方針です。
パートナーと「子どもを持とう」と話し合った時点で、速やかに担当の医師に相談してください。
休薬期間の目安
薬の成分が体外に完全に排出されるまでの期間を考慮して休薬期間を設定します。薬の種類によって体内に留まる期間(半減期)が異なるため、医師が適切な休薬期間を指示します。
一般的には妊活を開始する少なくとも1ヶ月前からの休薬を推奨しますが、デュタステリドの場合は半減期が長いため、6ヶ月程度の休薬期間が必要となります。
薬剤別の推奨休薬期間
薬剤名 | 半減期の特徴 | 休薬期間の目安 |
---|---|---|
フィナステリド | 比較的短い | 妊活開始の1ヶ月以上前 |
デュタステリド | 非常に長い | 妊活開始の6ヶ月以上前 |
ミノキシジル外用薬という選択肢
内服薬を休薬している間の薄毛進行への不安を和らげるため、ミノキシジル外用薬の使用を継続または開始するという選択肢があります。
ミノキシジルは頭皮の血行を促進して発毛を促す薬で、内服薬のように全身のホルモンに作用するものではありません。このため、妊活中の男性が使用しても、胎児への影響は極めて低いと考えられています。
ただし、使用については必ず医師に相談してください。
「自分の悩み」と「家族の未来」のはざまで – 治療中断の不安と向き合う
妊活のためにAGA治療を中断するという決断は、多くの男性にとって大きな葛藤を伴います。
「やっと治療で改善してきたのに、また元に戻ってしまうのか」という焦り。そして、「自分の髪の悩みのせいで、パートナーに心配をかけているのではないか」という罪悪感。
この決断は単なる医療的な選択ではなく、あなたの人生観そのものが問われる重要な局面なのです。
薄毛進行への焦りとストレス
休薬を決めた日から鏡を見るたびに髪の状態が気になり、抜け毛の一本一本に過敏になってしまうかもしれません。
そのストレスが、かえって頭皮環境を悪化させる可能性もあります。
大切なのは、この期間を「後退」ではなく、新しい家族を迎えるための「準備期間」と捉え直すことです。
パートナーへの罪悪感と相談の難しさ
「自分が薬を飲んでいるせいで妊活のスタートが遅れる」と感じ、パートナーに申し訳なさを感じる方もいるでしょう。しかし、この悩みは決してあなた一人のものではありません。
不安な気持ちを正直にパートナーに打ち明けることで、二人の絆はより深まります。一人で抱え込まず、人生のパートナーとして共に乗り越える問題であることを忘れないでください。
葛藤を乗り越えるための心の持ち方
抱えがちな感情 | 考え方の転換 |
---|---|
治療中断への焦り | 未来への「準備期間」と捉える |
パートナーへの罪悪感 | 二人で乗り越える「共通の課題」と捉える |
孤独感 | 医師やパートナーを「相談相手」と認識する |
医師を「人生の相談相手」として活用する
私たち医師の役割は、ただ薬を処方することだけではありません。
妊活という人生の大きなイベントに際し、あなたが抱える不安や葛藤を受け止め、医学的な見地から、そして時には一人の人間として、あなたの決断をサポートすることも重要な務めです。
治療の中断期間をどう過ごすか、いつ再開するか、あなたの人生計画に寄り添いながら、一緒に最適な道筋を考えていきましょう。
休薬期間中の薄毛対策と頭皮ケア
内服薬を休んでいる期間も、何もしないわけではありません。
この時期に適切なセルフケアを行うことで薄毛の進行を緩やかにし、治療再開時にスムーズな回復を目指すことができます。
生活習慣の改善
妊活は、ご自身の健康状態を見直す良い機会でもあります。バランスの取れた食事、質の高い睡眠、適度な運動は健康な身体作りだけでなく、髪の健康にとっても重要です。
特に、髪の材料となるタンパク質や亜鉛、ビタミン類を意識的に摂取しましょう。
髪の健康に良い生活習慣
- 栄養バランスの取れた食事
- 十分な睡眠時間の確保
- ストレスを溜めない工夫
- 適度な運動習慣
正しい頭皮ケアの継続
頭皮の血行を良好に保つことは毛髪の健康維持に役立ちます。ご自身の肌質に合ったシャンプーで優しく頭皮を洗浄し、指の腹を使った頭皮マッサージを取り入れるのも良いでしょう。
ただし、過度な刺激は逆効果になるため、力加減には注意してください。
生活習慣と髪への影響
項目 | 良い習慣 | 避けるべき習慣 |
---|---|---|
食事 | タンパク質、亜鉛、ビタミンを摂取 | 脂質の多い食事、過度な飲酒 |
睡眠 | 7時間以上の質の高い睡眠 | 寝不足、不規則な生活 |
ストレス | 趣味や運動で発散 | ストレスを溜め込む |
サプリメントの活用
食事だけでは不足しがちな栄養素をサプリメントで補うことも一つの方法です。特に髪の成長に重要とされる亜鉛やノコギリヤシなどは、多くのAGA専門クリニックで取り扱っています。
ただし、サプリメントの利用にあたっても、医師に相談することをお勧めします。
AGA治療の再開タイミング
妊活が無事に終わり、パートナーの妊娠が確認された後、いつからAGA治療を再開できるのかも気になる点です。
ここでも自己判断はせず、医師と相談の上で慎重に決定します。
パートナーの妊娠確定後が一つの目安
一つの大きな目安となるのが、パートナーの妊娠が確定したタイミングです。この時点をもって、胎児への影響という最も大きな懸念がなくなります。
ただし、再開の具体的な時期については、医師がこれまでの治療歴や健康状態を考慮して判断します。
授乳期間中の注意点
出産後、パートナーが母乳で育児をする場合、授乳期間中の服薬再開についても配慮が必要です。
AGA治療薬の成分が母乳に移行する可能性は極めて低いと考えられていますが、万全を期すために、授乳期間が終了してからの再開を推奨する場合があります。
この点についても、医師や産婦人科医とよく相談しましょう。
医師との相談の上で再開を決定
最終的な治療再開の判断は診察と、場合によっては血液検査などを通じて、ご自身の健康状態に問題がないことを確認してから行います。
休薬期間中の髪の状態の変化も踏まえ、改めて最適な治療計画を立て直します。
治療再開の判断材料
確認事項 | 判断のポイント |
---|---|
パートナーの状況 | 妊娠確定、授乳期間の終了など |
ご本人の健康状態 | 血液検査の結果、体調など |
髪の状態 | 休薬期間中の進行度合い |
妊活中のAGA治療に関するよくある質問
最後に、妊活を控えた患者さんから特によくいただく質問についてお答えします。
- 休薬すると、髪はどのくらい元に戻ってしまいますか?
-
個人差が大きいため一概には言えませんが、内服薬を中止するとAGAは再び進行し始めます。休薬期間が長くなるほど、治療前の状態に近づいていく可能性があります。
ただし、ミノキシジル外用薬の使用や生活習慣の改善によって、進行をある程度緩やかにすることは期待できます。
- ミノキシジル外用薬を使っていれば、薄毛は進行しませんか?
-
ミノキシジル外用薬には発毛を促進する効果がありますが、AGAの進行を根本的に止める内服薬(DHT阻害薬)とは作用が異なります。
このため、進行を完全に抑制することは難しいですが、現状維持や進行を緩やかにする効果は十分に期待できます。休薬期間中の有効な対策の一つです。
- 妊活が終われば、すぐに治療を再開できますか?
-
パートナーの妊娠が確定すれば、基本的には治療を再開できます。ただし、前述の通り、授乳期間への配慮や、ご自身の健康状態の確認が必要です。
焦らず、まずは担当の医師にご相談ください。血液検査などを経て、安全が確認された上で処方を再開します。
- パートナーが誤って薬に触れてしまったらどうすれば良いですか?
-
万が一、パートナーの女性、特に妊娠中の方が割れた錠剤などに触れてしまった場合は、すぐに石鹸と水で十分に洗い流してください。
錠剤はコーティングされているため、割れていない状態であれば、触れただけですぐに成分が吸収される可能性は低いです。
日頃から薬剤の保管場所には十分に注意してください。
以上
参考文献
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