「育毛」や「発毛」を考える上で、鍵となるのが「毛母細胞」の存在です。髪の毛は、この毛母細胞が分裂・増殖することによって作られる、いわば髪の製造工場です。
薄毛や抜け毛は、何らかの原因でこの工場の働きが鈍くなってしまうことに起因します。
この記事では髪の成長の源である毛母細胞とは何か、なぜその働きが弱まるのか、そしてどうすれば再び活性化させることができるのか、その仕組みを詳しく解説します。
ご自身の髪と頭皮で何が起きているのかを正しく理解し、効果的な育毛への第一歩としましょう。
この記事の執筆者

AGAメディカルケアクリニック 統括院長
前田 祐助
【経歴】
慶應義塾大学医学部医学研究科卒業
慶應義塾大学病院 初期臨床研修課程終了
大手AGAクリニック(院長)を経て、2018年に薄毛・AGA治療の「AGAメディカルケアクリニック」新宿院を開設
2020年に横浜院、2023年に東京八重洲院を開設
資格・所属学会・症例数
【資格】
- 医師免許
- ⽇本医師会認定産業医
- 医学博士
【所属学会】
- 日本内科学会
- 日本美容皮膚科学会
- 日本臨床毛髪学会
【症例数】
3万人以上※
※2018年5月~2022年12月AGAメディカルケアクリニック全店舗の延べ患者数
髪の製造工場「毛母細胞」とは何か
私たちの髪の毛一本一本は、毛母細胞という非常に重要な細胞から生み出されています。この細胞の働きを理解することが、育毛を考える上での基本となります。
髪の毛を作り出す源泉
毛母細胞は毛根の一番奥にある「毛球」という部分に存在します。この細胞が、頭皮の毛細血管から栄養素と酸素を受け取り、活発に細胞分裂を繰り返します。
分裂して増えた細胞が徐々に角化して硬くなり、上へ上へと押し上げられることで、私たちが目にしている「髪の毛」となります。
毛乳頭からの指令で働く
毛母細胞は自分だけで勝手に活動しているわけではありません。隣接する「毛乳頭」という組織から、「髪を作れ」という指令を受け取って初めて分裂を開始します。
毛乳頭はいわば司令塔の役割を果たしており、この二つの組織が連携することで、正常な髪の成長が維持されます。
毛根の主要な組織と役割
組織名 | 主な役割 | 例えるなら |
---|---|---|
毛母細胞 | 細胞分裂を行い、髪の毛本体を作る | 製造工場の作業員 |
毛乳頭 | 毛母細胞に栄養を送り、指令を出す | 製造工場の工場長 |
髪の色や質もここで決まる
毛母細胞が分裂する際にはメラノサイトという色素細胞からメラニン色素が受け渡されます。このメラニン色素の量や種類によって、髪の毛は黒色や褐色といった色になります。
白髪はこのメラノサイトの働きが低下し、メラニン色素が作られなくなることで起こります。
毛母細胞とヘアサイクルの深い関係
髪の毛には、生えてから抜け落ちるまでの一生の周期、「ヘアサイクル」があります。毛母細胞の活動は、このヘアサイクルの各段階と密接に連動しています。
成長期 毛母細胞が最も活発な時期
ヘアサイクルの大部分(2年〜6年)を占めるのが成長期です。
この期間、毛乳頭からの指令を受けた毛母細胞は活発に分裂を繰り返し、髪を太く長く成長させます。健康な髪の約90%がこの成長期にあると言われています。
退行期 細胞分裂が停止する時期
髪の成長が止まる退行期に入ると毛乳頭からの指令が弱まり、毛母細胞の分裂も停止します。
この期間は約2週間ほどです。毛球部が徐々に小さくなり、頭皮の浅い位置へと移動していきます。
休止期 活動を休止し脱毛を待つ時期
約3ヶ月続く休止期には毛母細胞の活動は完全に止まります。髪の成長は完全にストップし、毛根もかなり浅い位置にあります。
この時期の終わりには新しい髪の毛が下から生えてくるのに伴い、古い髪は自然に抜け落ちていきます。
ヘアサイクルの各段階と毛母細胞の活動
期間 | 毛母細胞の活動状態 | 髪の状態 |
---|---|---|
成長期 | 非常に活発 | 太く長く成長する |
退行期 | 分裂を停止 | 成長が止まる |
休止期 | 完全に休止 | 自然に抜け落ちる |
なぜ毛母細胞の働きは弱まってしまうのか
健康な髪を育むはずの毛母細胞ですが、様々な要因によってその働きが妨げられ、不活性な状態に陥ることがあります。
これが薄毛や抜け毛の直接的な原因となります。
AGAによる脱毛指令
男性型脱毛症(AGA)の最大の原因は、悪玉男性ホルモンDHT(ジヒドロテストステロン)です。DHTが毛乳頭の受容体と結合すると、髪の成長を抑制する脱毛因子(TGF-βなど)が放出されます。
この脱毛因子が毛母細胞に「分裂を止めろ」という誤った指令を出し、成長期を短縮させてしまうのです。
頭皮の血行不良
毛母細胞が活動するためには、毛細血管を通じて十分な栄養と酸素が供給されることが必要です。
しかし、ストレスや生活習慣の乱れによって頭皮の血行が悪くなると毛母細胞はエネルギー不足に陥り、細胞分裂の能力が低下してしまいます。
栄養不足
髪の主成分であるタンパク質をはじめ、その合成を助けるビタミンやミネラル(特に亜鉛)が不足すると、毛母細胞は髪の材料が足りない状態になります。
この状態では、いくら指令を受けても健康な髪を作り出すことができません。過度なダイエットや偏った食生活は、直接的に毛母細胞の活動を弱める原因となります。
頭皮環境の悪化
皮脂の過剰分泌による毛穴の詰まりや、乾燥によるフケ、炎症などは頭皮全体の健康状態を損ないます。
不衛生で硬くなった頭皮は血行不良を招くだけでなく、毛母細胞が正常に働くための土壌そのものを悪化させてしまいます。
毛母細胞の活動を妨げる主な要因
要因 | 毛母細胞への影響 |
---|---|
AGA(DHT) | 脱毛指令を出し、細胞分裂を抑制する |
血行不良 | 栄養と酸素の供給が滞り、エネルギー不足になる |
栄養不足 | 髪を作るための材料が不足する |
活性化の鍵は「シグナル」と「環境」の再構築
毛母細胞の働きが弱まる原因は、一つではありません。そのため、「これをやれば活性化する」という単純な話ではないのです。
大切なのは、あなたの毛母細胞が今どんな声を発しているのかに耳を傾けることです。
「栄養が足りない」のか、「血流が悪くて苦しい」のか、それとも「悪いホルモンの影響で動けない」のか。その声は、日々の生活の中にサインとして現れています。
髪はあなたの「内なる状態」を映す鏡
髪質の変化や抜け毛は単なる頭皮の問題ではなく、体全体の健康状態や精神的なバランスが反映された結果です。
私たちは患者さんの髪や頭皮を診る時、その奥にある生活習慣や心の状態までを想像します。なぜなら、毛母細胞を本当に元気づけるためには、表面的なケアだけでは不十分だからです。
「休ませる」ことも時には重要
活性化というと、何かを「与える」ことばかり考えがちです。しかし頭皮が炎症を起こしていたり、体が疲弊していたりする時に、無理に刺激を与えるのは逆効果になることもあります。
まずは頭皮と体を休ませ、健康な状態に戻すこと。その上で必要な栄養や刺激を与えることが、活性化への着実な道筋となります。
活性化に向けた視点の転換
従来の視点 | 見直したい視点 |
---|---|
外から何かを与える | まず内側の環境を整える |
とにかく刺激する | 時には休ませ、回復を優先する |
髪だけの問題と捉える | 心と体の健康状態のサインと捉える |
あなただけの「活性化プラン」を見つける
AGAの影響が強いのか、血行不良が主な原因なのか、あるいは複合的な要因なのか。原因が違えば当然、有効なアプローチも異なります。
専門的な診断を通じて、あなたの毛母細胞が不活性になっている根本原因を突き止め、あなただけのオーダーメイドの活性化プランを立てることが、改善への最も確実な方法です。
毛母細胞を活性化させるための栄養アプローチ
毛母細胞が力強く分裂し、健康な髪を作るためには、バランスの取れた栄養が欠かせません。日々の食事から、髪の成長に必要な成分を意識的に摂取しましょう。
髪の主成分「タンパク質」
髪の約90%はケラチンというタンパク質でできています。肉、魚、卵、大豆製品など、良質なタンパク質を毎食取り入れることが基本です。
タンパク質が不足すると髪が細くなったり、伸びにくくなったりします。
タンパク質の合成を助ける「亜鉛」
亜鉛は食事から摂取したタンパク質を髪の毛のケラチンに再合成する際に重要な役割を果たします。牡蠣やレバー、牛肉などに多く含まれます。
亜鉛が不足すると、細胞分裂自体が滞りやすくなります。
頭皮の健康を保つ「ビタミン類」
ビタミン類は頭皮の環境を整え、毛母細胞の働きをサポートします。
特に皮脂の分泌を調整するビタミンB群や、血行を促進するビタミンE、コラーゲンの生成を助けるビタミンCなどが重要です。
- ビタミンB群:レバー、豚肉、マグロなど
- ビタミンE:ナッツ類、アボカドなど
- ビタミンC:パプリカ、ブロッコリー、果物など
髪の成長に特に重要な栄養素
栄養素 | 主な役割 | 多く含む食品 |
---|---|---|
タンパク質 | 髪の毛の主成分となる | 肉、魚、卵、大豆製品 |
亜鉛 | タンパク質の合成を助ける | 牡蠣、レバー、牛肉 |
ビタミンB群 | 頭皮の新陳代謝を促す | 豚肉、うなぎ、レバー |
生活習慣の見直しによる活性化
食事だけでなく、日々の生活習慣も毛母細胞の活動に大きな影響を与えます。健やかな髪を育むためには、体全体のコンディションを整えることが大切です。
質の高い睡眠
髪の成長を促す成長ホルモンは睡眠中に最も多く分泌されます。特に眠り始めの深いノンレム睡眠時に分泌が活発になります。
十分な睡眠時間を確保するだけでなく、寝る前のスマートフォン操作を控えるなど、睡眠の質を高める工夫が毛母細胞の活性化につながります。
適度な運動
ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動は全身の血行を促進し、頭皮への血流改善にも効果的です。
血流が良くなれば、毛母細胞に栄養が届きやすくなります。また、運動はストレス解消にも役立ちます。
ストレス管理
過度なストレスは自律神経のバランスを乱し、血管を収縮させて血行不良を引き起こします。
自分なりのリラックス方法を見つけ、ストレスを溜め込まないように心がけることが、間接的に毛母細胞を元気にすることにつながります。
クリニックで行う専門的な活性化治療
セルフケアだけでは改善が難しい場合、医療機関ではより直接的に毛母細胞に働きかける専門的な治療を行います。
ミノキシジルによるアプローチ
ミノキシジルは毛母細胞を直接刺激し、細胞分裂を促す作用があると考えられています。
また、血管拡張作用によって頭皮の血流を改善し、毛母細胞に栄養を届けやすくする効果も持ち合わせています。
外用薬として頭皮に塗布するのが一般的です。
成長因子(グロースファクター)注入治療
成長因子は細胞の増殖や分化をコントロールするタンパク質です。
この成長因子を豊富に含む薬剤を頭皮に直接注入することで休止期にある毛根を刺激し、毛母細胞の活動再開を強力に後押しします。発毛促進の「攻め」の治療として有効です。
主な治療法の作用点
治療法 | 毛母細胞への主なアプローチ |
---|---|
ミノキシジル | 直接的な細胞刺激、血行促進による栄養補給 |
成長因子注入 | 細胞の活動を促す指令因子を直接補給 |
低出力レーザー治療
特定の波長の赤色光を頭皮に照射する治療法です。
この光が細胞内のミトコンドリアに作用し、エネルギー産生(ATP産生)を活発にすることで、毛母細胞の分裂を促すと考えられています。痛みもなく、安全性の高い治療法の一つです。
毛母細胞の活性化に関するよくある質問
毛母細胞やその活性化について、患者さんからよくいただく質問にお答えします。
- 毛母細胞は一度死んだら復活しませんか?
-
髪の毛を生み出す能力を完全に失った毛包(毛根を包む組織)を元に戻すのは、現在の医療では困難です。
しかし、薄毛の多くは毛母細胞が死んだのではなく、活動を「休止」しているだけの状態です。そのため、適切な治療によって再び活性化させ、髪を生やすことは十分に可能です。
手遅れになる前に、早く対策を始めることが重要です。
- 頭皮マッサージは毛母細胞の活性化に効果がありますか?
-
適度な頭皮マッサージは頭皮の血行を促進し、リラックス効果もあるため、毛母細胞にとって良い環境を作る助けになります。
ただし、爪を立てたり、強くこすりすぎたりすると、かえって頭皮を傷つけてしまう可能性があります。指の腹で優しく、気持ち良いと感じる程度の強さで行いましょう。
- 市販の育毛剤で毛母細胞は活性化しますか?
-
市販の育毛剤の中には、血行促進成分や毛母細胞に働きかけるとされる成分が含まれているものもあります。これらは頭皮環境を整え、育毛をサポートする効果が期待できます。
しかし、AGAのように明確な原因がある場合、育毛剤だけで毛母細胞を十分に活性化させるのは難しいことが多いです。
まずは専門医に相談し、ご自身の状態に合った対策を選ぶことをお勧めします。
以上
参考文献
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