男性ホルモン分泌の仕組みと脱毛への関係

「男性ホルモンが多いとハゲる」という言葉を一度は耳にしたことがあるかもしれません。

しかし男性ホルモンそのものが「悪」なのではなく、その働きの一部が脱毛に関わっているのが実情です。

AGA（男性型脱毛症）の治療を考える上で、男性ホルモンの分泌や、なぜそれが脱毛につながるのかを正しく理解することは非常に重要です。

この記事では男性ホルモンの基本的な働きから、AGA治療で「ホルモンを抑制する」とはどういうことなのかまで専門的な観点から分かりやすく解説します。

男性ホルモンとは？テストステロンの役割

男性ホルモンは単に「男らしさ」を作るだけでなく、心身の健康を維持するために多様な働きを持つ重要な物質です。

その中でも中心的な役割を果たすのがテストステロンです。

「男性らしさ」を形成するホルモン

テストステロンは第二次性徴期にその分泌が活発になり、筋肉や骨格の発達、声変わり、体毛の増加といった、いわゆる「男性らしい」身体的特徴を形成します。

また、精神面においても競争心や決断力、性欲などに関与していることが知られています。

• 筋肉量の増加と筋力の維持
• 骨密度の維持
• 性機能の維持
• 精神的な活力の向上

テストステロンが分泌される場所

男性のテストステロンは、その約95%が精巣（睾丸）で作られます。残りの約5%は腎臓の上にある副腎という小さな臓器で作られます。

脳の視床下部や下垂体からの指令を受けて、これらの器官で分泌量が巧みにコントロールされています。

年齢による分泌量の変化

テストステロンの分泌量は20代をピークに、年齢とともに緩やかに減少していくのが一般的です。この減少は体力の低下や気力の減退など加齢による変化の一因となります。

しかし、AGAはテストステロンの量そのものではなく、後述する特定のホルモンへの変換と、その感受性が原因で発症します。

年代別テストステロン分泌のイメージ

年代	分泌量の傾向	身体的な特徴
20代	ピークに達する	筋肉量・骨密度が最大期を迎える。
30代〜40代	緩やかに減少し始める	個人差はあるが、徐々に体力の変化を感じ始める。
50代以降	さらに減少が進む	更年期障害のような症状が出る人もいる。

脱毛の引き金「DHT」が生まれるまで

AGAの直接的な原因となるのはテストステロンそのものではありません。

テストステロンが特定の酵素と結びつくことで変換されて生まれる、より強力な「ジヒドロテストステロン（DHT）」という男性ホルモンが脱毛の引き金を引きます。

テストステロンと5αリダクターゼの結合

私たちの体内には「5αリダクターゼ」という還元酵素が存在します。

この酵素が血流に乗って毛根の細胞（毛乳頭細胞）に運ばれてきたテストステロンと結びつくことでテストステロンをDHTへと変換します。この変換がAGA発症の最初の起点です。

Ⅰ型とⅡ型、2種類の5αリダクターゼ

5αリダクターゼにはⅠ型とⅡ型の2つのタイプがあり、それぞれ体内の異なる場所に分布しています。

特にAGAとの関連が深いのは、主に前頭部や頭頂部の毛乳頭細胞に存在する「Ⅱ型5αリダクターゼ」です。

5αリダクターゼの種類と特徴

種類	主な分布場所	AGAへの関与
Ⅰ型	全身の皮脂腺など	側頭部や後頭部の脱毛に関与する可能性。
Ⅱ型	前頭部・頭頂部の毛乳頭、前立腺など	AGAの主要な原因とされる。

DHTが毛乳頭細胞に与える影響

毛乳頭細胞には男性ホルモンを受け取る「アンドロゲンレセプター（受容体）」が存在します。

DHTがこのレセプターと結合すると、脱毛を促す指令を出す悪玉のシグナル（TGF-βなど）が生成されます。

このシグナルが毛母細胞に伝わることで髪の成長期が短縮され、髪が太く長くなる前に抜け落ちてしまうのです。このサイクルが繰り返されることで薄毛が徐々に進行していきます。

男性ホルモンが多いとハゲる、は本当か？

「体毛が濃い」「筋肉質だ」といった男性ホルモンが多そうな特徴を持つ人が、必ずしもハゲるわけではありません。

薄毛と男性ホルモンの関係は、量よりも「体質」が大きく関わっています。

テストステロン量と薄毛の直接的な関係

研究ではAGAを発症している人とそうでない人の間で、血中のテストステロン濃度に明確な差はないことが分かっています。

つまり、テストステロンの量が多いこと自体が薄毛の直接的な原因ではありません。

問題はテストステロンがDHTにどれだけ変換されやすいか、そしてそのDHTをどれだけ受け取りやすいか、という点にあります。

本当の原因は「感受性」の高さ

薄毛の本当の原因は5αリダクターゼの活性度（DHTの作られやすさ）と、アンドロゲンレセプターの感受性（DHTの受け取りやすさ）という、2つの遺伝的要素によって決まります。

同じ量のテストステロンがあっても5αリダクターゼの働きが活発な人はDHTが多く作られます。

また、同じ量のDHTがあっても、レセプターの感受性が高い人は、より強く脱毛の指令を受け取ってしまうのです。

AGA発症の2大要因

要因	内容	薄毛になりやすい体質
5αリダクターゼの活性度	テストステロンをDHTに変換する酵素の働き。	活性度が高い（DHTが作られやすい）。
レセプターの感受性	DHTを受け取る受容体の感度。	感受性が高い（脱毛指令を受けやすい）。

遺伝が感受性に与える影響

これらの「活性度」や「感受性」は、遺伝によって親から子へと受け継がれることが知られています。

特にアンドロゲンレセプターの感受性に関する遺伝子は母方の家系から受け継がれるX染色体上に存在することが分かっています。

このことが「薄毛は母方の祖父に似る」と言われることがある理由の一つです。

AGA治療における男性ホルモンへのアプローチ

AGA治療はこの「DHT」の生成を抑制することに焦点を当てています。

男性ホルモンそのものを無くすのではなく、脱毛の原因となる特定の働きをピンポイントで抑えるのが現代の治療法です。

5αリダクターゼを阻害する治療薬

AGA治療の基本となる内服薬は「5αリダクターゼ阻害薬」と呼ばれます。

その名の通り、テストステロンがDHTに変換されるのを防ぐことで脱毛指令の発生を元から断つ働きをします。

フィナステリドとデュタステリドの働き

代表的な5αリダクターゼ阻害薬には「フィナステリド」と「デュタステリド」があります。

フィナステリドは主にⅡ型の5αリダクターゼの働きを阻害します。一方、デュタステリドはⅠ型とⅡ型の両方の働きを阻害するため、より強力にDHTの生成を抑制する効果が期待できます。

主なAGA治療薬の作用点

治療薬	阻害する酵素	期待される効果
フィナステリド	Ⅱ型5αリダクターゼ	前頭部・頭頂部の脱毛進行を抑制する。
デュタステリド	Ⅰ型およびⅡ型5αリダクターゼ	より広範囲かつ強力に脱毛進行を抑制する。

テストステロンそのものを減らすわけではない

重要なのは、これらの薬がテストステロンの分泌量自体を減らすものではないという点です。

あくまでDHTへの変換を阻害するだけなので、筋肉の維持や性機能といった、テストステロンが担う男性にとっての有益な働きまで失われるわけではありません。

この点が治療の安全性を考える上で非常に大切なポイントです。

「ホルモンを抑える」ことへの漠然とした不安と向き合う

「ホルモンを抑制する薬」と聞くと、「男性機能が衰えるのではないか」「体に悪い影響はないのか」といった漠然とした不安を感じる方は少なくありません。

その不安な気持ちは男性として当然のものです。しかし、その不安の多くはAGA治療薬の働きに対する誤解から生じています。

“男性機能が低下する”という誤解

最も多い心配事が性欲減退や勃起不全（ED）などの男性機能への影響です。確かにこれらの副作用の報告はゼロではありませんが、その頻度は数%程度と非常に低いものです。

また、薬が原因ではない心理的な要因（思い込み）で症状が出る「プラセボ効果」も報告されています。ほとんどの方は男性機能に影響なく治療を継続しています。

AGA治療薬の副作用に関する事実

よくある心配事	医学的な事実	当院の考え
男性機能が低下する	発生頻度は数%。心理的な要因も大きい。	不安があれば正直に相談してほしい。
体が女性化する	そのような作用はなく、医学的根拠はない。	ホルモン全体のバランスを崩す薬ではない。
活力がなくなる	テストステロンは減らないため、通常は起こらない。	むしろ、悩みが解消され活力が湧く人も多い。

治療薬が作用する範囲は限定的

AGA治療薬は魔法のように全身のホルモンバランスを書き換える薬ではありません。その作用は毛根や前立腺などに存在する「5αリダクターゼ」という特定の酵素に限定されます。

あなたの男性としての活力の源であるテストステロンの分泌を止めるわけではないのです。

この限定的な働きを理解することが過度な不安を解消する鍵です。

大切なのは正確な知識で不安を解消すること

インターネット上には副作用を過剰に煽る情報や不正確な体験談が溢れています。それらの情報に惑わされ、本来受けられるはずの治療の機会を逃してしまうのは非常にもったいないことです。

私たちは薬の良い面だけでなく、リスクについても正確な情報を提供し、あなたの不安に真摯に耳を傾けます。

一人で悩まず、専門家である私たちに、その不安を打ち明けてください。

生活習慣で男性ホルモンのバランスを整える

薬物治療がAGAの基本ですが、日々の生活習慣がホルモンバランスに影響を与えることも事実です。

健やかなホルモン環境を維持することは治療効果を高める上でも大切です。

睡眠不足とホルモンバランスの乱れ

睡眠中に私たちの体はホルモンの分泌や組織の修復を行います。慢性的な睡眠不足は自律神経の乱れを引き起こし、ホルモンバランスを不安定にする大きな要因です。

質の良い睡眠を7時間程度確保することを心がけましょう。

• 適度な運動
• バランスの取れた食事
• 十分な睡眠

筋トレとテストステロンの関係

スクワットなどの大きな筋肉を使うトレーニングは、テストステロンの分泌を促す効果があることが知られています。

適度な運動は血行を促進し、ストレスを解消する効果もあり、髪の健康にも良い影響を与えます。

ただし、過度なトレーニングは逆にストレスとなりうるため、無理のない範囲で行いましょう。

食生活で意識すべきこと

男性ホルモンの生成には良質なタンパク質や亜鉛、ビタミンDなどが関わっています。

特定の食品だけを食べるのではなく、多様な食品をバランス良く摂取することが基本です。特に亜鉛は牡蠣やレバー、赤身肉などにビタミンDは魚類やきのこ類に多く含まれます。

ホルモンバランスをサポートする栄養素

栄養素	主な働き	多く含む食品例
亜鉛	テストステロンの生成に関与する。	牡蠣、レバー、赤身肉、ナッツ類
ビタミンD	テストステロン濃度との関連が指摘される。	鮭、さんま、きのこ類
タンパク質	ホルモンや髪の毛の材料となる。	肉、魚、大豆製品、卵

いわゆる「ホルモン抑制」食品やサプリの効果

「これを食べれば男性ホルモンが抑えられる」といった情報を見かけることがあります。

しかし、食品やサプリメントだけでAGAを治療することは可能なのでしょうか。

大豆イソフラボンと男性ホルモン

大豆に含まれるイソフラボンは女性ホルモンに似た構造を持つことから、男性ホルモンを抑制する効果を期待されることがあります。

しかし通常の食事で摂取する量でAGAの原因となるDHTの生成を有意に抑制するという明確な科学的証拠は現在のところありません。

ノコギリヤシの働きと科学的根拠

ノコギリヤシは5αリダクターゼの働きを阻害する可能性が指摘されているハーブで、育毛サプリメントによく配合されています。

いくつかの研究で有効性を示唆する報告もありますが、その効果は医薬品であるフィナステリドなどには遠く及ばず、医学的な治療法としての評価は確立していません。

医学的治療とセルフケアの位置づけ

これらの食品やサプリメントは、あくまで健康維持の一環、あるいは補助的なケアと考えるべきです。AGAという進行性の脱毛症に対してこれらだけで立ち向かうのは困難です。

根本的な解決を目指すのであれば、まずは医学的根拠に基づいた治療を基本とし、その上で生活習慣の改善やセルフケアを取り入れるのが正しい順序です。

よくある質問

男性ホルモンと脱毛に関して、患者さんからよくいただく質問とその回答を紹介します。

AGA治療薬を飲むと、ひげや体毛は薄くなりますか？

いいえ、基本的には薄くなりません。

AGA治療薬は頭髪の毛根に特異的に存在するⅡ型5αリダクターゼに主に作用します。

ひげや胸毛などの体毛はⅠ型5αリダクターゼやテストステロンそのものの影響を強く受けているため、治療薬を服用してもこれらの体毛が薄くなることはほとんどありません。

治療をやめるとホルモンバランスはどうなりますか？

治療薬の服用をやめると、薬によって抑えられていたDHTの生成が元に戻ります。

数週間から数ヶ月で体内のホルモン状態は治療を始める前の状態に戻ると考えてください。

これに伴い、休止していたAGAの進行も再び始まります。効果を維持するためには、治療の継続が重要です。

テストステロン値を上げるサプリは薄毛を悪化させますか？

その可能性があります。

テストステロンはDHTの原料となるため、サプリメントなどで人為的にテストステロンを増やすとそれに伴いDHTの生成量も増え、AGAを悪化させるリスクがあります。

薄毛が気になる方は自己判断でこのようなサプリメントを摂取することは避けるべきです。

ホルモンに影響を与える行為とAGAリスク

行為	ホルモンへの影響	AGAへのリスク
AGA治療薬の服用	DHTの生成を抑制する。	低下する（治療効果）
テストステロンサプリ摂取	テストステロン値を上昇させる。	上昇する可能性がある。

以上

参考文献

KAMISHIMA, Tomoko, et al. Divergent progression pathways in male androgenetic alopecia and female pattern hair loss: Trichoscopic perspectives. Journal of Cosmetic Dermatology, 2024, 23.5: 1828-1839.

ISHINO, A., et al. Contribution of hair density and hair diameter to the appearance and progression of androgenetic alopecia in Japanese men. British journal of dermatology, 2014, 171.5: 1052-1059.

HOBO, Yoshitaka, et al. Evaluation of the therapeutic effects of AGA drugs by measuring finasteride, dutasteride, and dihydrotestosterone in hair. Clinica Chimica Acta, 2023, 547: 117456.

INUI, Shigeki; ITAMI, Satoshi. Molecular basis of androgenetic alopecia: From androgen to paracrine mediators through dermal papilla. Journal of dermatological science, 2011, 61.1: 1-6.

TANAKA, Yohei, et al. Androgenetic alopecia treatment in Asian men. The Journal of clinical and aesthetic dermatology, 2018, 11.7: 32.

NAGASAWA, Azumi, et al. T-flavanone improves the male pattern of hair loss by enhancing hair-anchoring strength: a randomized, double-blind, placebo-controlled study. Dermatology and Therapy, 2016, 6: 59-68.